第126話 レベッカ―10

 夜道を駆けに駆けると、どんどん音が近づいてきた。

 ……やっぱり、伯爵ね。そして、相手は無抵抗。

 突然、王女様が跳躍。近くの建物の屋根の上へ。私達も追随。

 タチアナが速度を上げ、私を追い抜き、シルフィの前へ。

 剣を引き抜き、『楯』を展開。朗らかに言い切る。


「前衛はお任せを!」


 その姿は凛とした、迷宮都市最強の盾役のそれ。

 こういうところが、ハルに買われているのかしらね?

 私も速度を上げ、王女様の前へ。不満気な声。


「……御二人共、先陣は私が」

「駄目です」「駄目よ」


 特階位、しかも『十傑』に数えられる程の猛者ともなれば、前衛、後衛の区別は曖昧だろう。

 けれど……私達にも意地がある。

 私の師はあいつなのだ。『十傑』程度に負けてはいられない。タチアナは違うけどっ。

 歴戦の副長様が振り返り、笑顔。


「……レベッカさん?」

「何でもないわよ、何でも。ほら、抜けるわよ!」


 前方、雷魔法が次々を発動している。

 屋根の上から、状況を確認。

 

 ――中央に噴水がある広場で、『雷光』率いる兵士達と、外套を深く被った小柄な人物が相対。

 

 立ち止まり動かない人物へ、次々と、兵士達が魔法を放ち続けている。

 その表情に浮かんでいるのは、焦燥。そして……恐怖。

 

 ――なんと、外套を被っている人物は魔法を手で弾いている。

 

 いやまぁ、格闘系の上位冒険者なら分からなくもないけど、それにしたって、統制が取れた軍隊の一斉射撃を全て手で、しかも、炎・水・風・雷・土……様々な属性を気にしないなんて、どういう原理なわけ?

 戦列後方では、騎士剣の切っ先に雷属性上級魔法を三つ同時に紡いでいる。

 ……どうしようもない男ではあるものの、戦場で実績を積み上げてきたのは事実なのよね。上級魔法の三発同時展開が出来る冒険者は決して多くない。

 それにしても、あの外套……タチアナを見る。


「似てはいます。ただ」

「そうね。魔力が違う」


 迷宮都市でハルとやり合った連中が着ていた物に似ているけれど……あの連中の魔力は、もっと、こう混沌していた気がする。

 今、兵士達の魔法を軽く弾き続けている人物のそれは奇妙。凄いのか凄くないのかも分からない。

 ……けれど、私の直感が告げている。

 最低でも黒龍相手を思って、挑むべき、だと。

 伯爵が怒号。


「戦列を開けよ!!!!!」


 見事な練度で、兵士達が左右に分けれる。

 騎士剣を天高く掲げ、叫ぶ。


「我が『雷光』三連! 受けれるものならば、受けてみるがいいっ!!」


 降り降ろし――瞬間、光が走った。

 外套の人物は手すら前に突き出さず、直撃!

 遅れて、轟音。

 私達が待機している建物も大きく揺れ、噴水広場一帯が白煙に包まれる。

 シルフィが、腰の剣の柄に手をかけた。

 伯爵が勝鬨をあげる。


「はっはっはっはっ! 見たかっ!! 奇妙な相手ではあったが、私の敵では」


 ――ゾワリ、皮膚が泡立った。

 

 身体が自然に最大警戒。何? アレは??

 王女様が一喝。声に余裕は全くない。


「アルバーン伯爵!!! 今すぐに、逃げなさいっ!!!! その相手は、貴方達がどうこう出来る相手ではありませんっ!!!!!」

『!?!!』


 突然の頭上から降ってきた命令に、伯爵と兵士達が呆気にとられる。

 タチアナが『楯』を展開しながら、割り込むように中央へ。

 私も跳躍しながら、紡いでいた雷属性超級魔法『雷轟』を中断。上級魔法『雷王壁』を全力展開。


 ――直後、白煙を突き破る渦巻く光線。色は、汚れなき白。


 十数枚の『雷王壁』が紙のように貫通。威力的には、黒龍のブレスよりも上っ!

 次いで、タチアナの『楯』と接触。拮抗。


 ――


 驚く前に身体は反応。

 舌打ちし、剣で迎撃をしようとした直後、光が地面から立ち上り、白の光線と接触。遥か上空へ。雲が引き千切り――消えた。

 私は、もう一振りの魔剣を引き抜き、双剣態勢に。冷や汗が頬を伝う。

 ……今の技を私は知っている。けど、なんで?

 タチアナもまた、『楯』の数を最大数まで増やし、顔を強張らせている。

 王女様が降り立った。その手には未だ、何も握られていない。

 振り向きもせず、伯爵へ下令。


「下がりなさい。貴方達では肉盾にもならない。……相手が悪すぎる」

「なっ! 王女殿下、その言いようは余りにも――……っ!?!!」


 外套の人物の周囲に無数の光。

 次々と形を変え『矢』となっていく。

 剣を握りしめ、呟く。


「……『千射』」

「エルミアさんではありません。……本物だったら」 


 タチアナが視線を逸らさずに断言。私も頷く。

 あの似非メイドだったら、私達はさっきの『一射』で死んでいる。

 シルフィが目を細めた。


「……ですが、強敵です。原理は分かりませんが、おそらく、伯爵!」


 情報を交換していた私達の間を、伯爵が両手で騎士剣を構え突撃。

 雷属性中級魔法を放ちながら、一気に間合いを詰め、外套の人物に振り下ろした。


「死ねぇぇぇぇぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」


 ――剣は小さな手で、受け止められていた。子供?

 伯爵はニヤリ。直後、大爆発。至近距離から雷魔法を乱射する。

 剣に仕込み! ……相変わらず、ね。

 ――やがて、魔法が止んだ。

 荒く息を吐き、伯爵が哄笑。


「見たかっ! これが、私の、『雷光』の力だっ!! 王女、これで文句はありませんなっ!」


 シルフィが呟いた。


「…………レベッカさん、タチアナさん」

「分かってるわ」「嫌な予感がします」

「何を言っているのだ。こいつが何なんのかは知らぬが、ここまでやって死なぬ筈が、っ!!!!」


 土煙を突き破る、一弾。

 直後、無数の光に分かれ、伯爵に襲い掛かる。

 タチアナが『楯』で吹き飛ばすも――数発が直撃。分厚い騎士鎧を貫通。


「がはっっっ!!!」


 戦列まで吹き飛び、動かなくなる。

 ――煙の中から、人が出てきた。

 長い白髪。を纏う小さな身体。片手には古い魔銃。

 表情はゾッとする程に冷たく、私が知っている姉弟子よりも、幼い。

 私は、名前を絞り出す。



「…………エルミア」

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