第125話 レベッカ―9

 ホテルを後にし、シルフィの先導で夜道を進む。

 今までの情報から、王都の何処で、事件が発生し易いかまでは絞ることが出来ているそうだ。

 周囲には、ぽつぽつと街灯。

 帝都に比べてると大分、数は少ないし暗い。自分の魔法で小さな灯りを浮かばせ、道を進む。

 当然、この瞬間に奇襲もあり得るから、歩きながら魔法を幾つか紡いでいる。……というより、癖になってしまっているのだ。


『――奇襲を受ける。つまり、油断。なら、油断しなければいい。簡単』 


 言葉の存在意義を殺しにかかる、似非メイドの台詞が脳裏をよぎる。

 ……あんなのに憧れてるなんて、大丈夫かしら、この王女様。

 先導する少女の後頭部を見ていると振り返り、ちょこん、と首を傾げた。


「? レベッカさん?? どうかされましたか?」

「……何でもないわ」 

「???」

「シルフィさんは、どうして『千射』さんに憧れているんですか?」


 タチアナが、にこにこ笑いながら、話に入ってきた。

 ……怖いものなしね、本当に。

 王女様は身体ごと、ぐるり、と回転。

 目を輝かせ両手を握りしめ、力説を開始。


「よくぞ、聞いてくださいました! 『千射夜話』は、全世界で読まれている一大旅行記なんですが、多くの人々は、あそこに書かれている内容の殆どを、御伽噺だと認識しています。で・す・が」


 どうやら話せるのが、嬉しくて仕方ないらしい。

 ……この子、本格的にあの似非メイドを崇拝してるのね。可哀想に。実態を知ったら、どうなるのかしら。


「あれ、全部、本当にあったことなんです! 豚鬼の大軍をたった一人で殲滅したり、某国の危機を未然に防いだり、小さな迷宮を単独で踏破したり、龍を一撃で倒したり、超級悪魔を南洋に沈めたり、銀嶺の地を超えて来た怪物を追い返したり……とにかく、ほんとにほんとに凄い方なんですっ! エルミア姫は!!」 

「「姫?」」


 タチアナと声が重なる。

 私だって、『千射夜話』は読んだことがある。

 悔しいことに、何度読んでも面白く、内容を分かっているのに、毎回、手に汗を握ってしまう。

 語られる数々の冒険譚も、嘘じゃないのも分かる。

 だって、あの似非メイドだし。多分、あれでも控えめに書いてる可能性だってある。シルフィが口にした、銀嶺の地云々の話も載っていない。

 ……が。

 『姫』? あの、ハルべったりなあの子が??

 タチアナに目配せ。軽く首を振った。どうやら、知らないみたいね。


「? どうかされましたか??」

「……『千射夜話』の作者って、何処かの国の王族なの? エルフの?」

「そうですよ! エルミア姫は妖精族の国、『華国かこく』の御姫様なんです! ですが……謂われなき罪状によって故国を追われ、各地の戦場を渡り歩き、業を磨かれたのです!」 

「…………本当に?」

「はい♪ だって、御本人に直接聞きましたから☆」

「「!?」」


 衝撃が走った。

 再度、タチアナと目配せ。


『……知ってた?』

『……いいえ。てっきり、人族とエルフのハーフさんなんだと』

「……私もそう思ってたわ」

「? 御二人共??」


 とんでもない爆弾を放り投げて来た御姫様が、沈黙した私達を怪訝そうに見ている。いち早く立ち直ったタチアナが「こほん」と咳払いし、話を続ける。


「シルフィさんは、その情報をご自身でお調べに?」

「はい♪ とっても大変でした。けど……エルミア姫が経験された困難さに比べれば、どうということはありません! 未だにお会い出来た日のことを思い出します。嗚呼……なんて、なんて、可憐で気品に満ち溢れた御姿! 長く美しい白髪が月光を反射した時は、神様かと思いました。エルミア姫に比べれば、私など、塵芥も同然です。あの時ばかりは、女神様のお導きに感謝したものです」

「「……可憐で気品? 神様??」」


 私は眉間を押さえ、タチアナは乾いた笑いを浮かべている。

 ……おかしいわね。

 私達とこの子が会ったっていうエルミアは同一人物なのかしら?


「それでいて、ふふ……お菓子と紅茶を飲まれている姿、とっても可愛らしいですよ♪ 子供みたいに、一生懸命で」


 あ、同一人物だわ。

 からかう材料に――……使えないわね。言ったら、撃たれそう。もしくは、無言で部屋の隅に行って、面倒な形で拗ねてみせるか。

 話を続けようとした、その時だった。闇夜に稲光が走った。かなりの威力の雷魔法。遅れて轟音。建物を越えて火柱も見える。

 私達がいる通りからは、大分離れているようだ。相手がどういう存在なのかもわからず、先走ったのね。功績さえ挙げてしまえば問題ない。あの男の考えそうなことね。

 ――さて、と。

 剣を抜き放ち、構える。切っ先には既に雷属性超級魔法『雷轟』を準備済み。詠唱するよりは威力が落ちるけど、速度重視だ。

 タチアナも笑みを浮かべつつ、剣の柄に手をかけた。王女様も表情を一変。


「……まだまだ、お話したいんですが、どうやら、抜け駆けをした方がいるようですね」 

「気を遣わなくていいわ。アルバーン伯爵様よ。あの男がどうなろうと知ったことじゃないけど……巻き込まれる兵達が哀れだわ。行きましょう」

「はい! 先導します!」


 王女様が一気に加速した。速い! 後衛とは思えない。

 『十傑』に数えられる実力、伊達じゃない、というわけね。

 タチアナと一緒に追随しつつ、魔力を探り情報収集は継続。

 ――伯爵と兵達が魔法を乱射しているのは分かる。なのに


「相手が何も反撃をしていない?」


 奇妙な状況に首を捻りつつ、先を急ぐ。

 さぁ……どんな化け物が、待っているのかしらね。

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