第122話 邂逅

 王国王都は一度、世界から消失した都市である。

 所謂『大崩壊』前の王都――旧帝国帝都は、現王都から少し離れた場所にあったのだ。

 緑に呑まれたその地にある数えきれない程の墓所を知り、まして参る者は殆どいない。

 そんな忘れ去られた墓所へ一人の少年がやって来ていた。

 大陸では珍しい黒髪で、腰には似つかわしくない古びた剣。手には安い果実酒。口に草を咥え、調子の外れた鼻唄を歌っている。

 緑を掻き分け、掻き分け……やがて、辿り着いたその場所には、苔むした墓があった。銘はかすれてほぼ読めない。辛うじて『―—―秋』とだけ読める。

 最近、こんな所まで誰かが来たのだろうか、大きな花束と、果実酒の瓶が墓前に置かれている。

 ニヤリ、と笑った少年はますます上機嫌そうに墓へ近付くと、瓶の栓を開け上からふりかけ、自分でもあおると、その場に座り込んだ。


「あっめぇなぁ……なんで、お前はこんな酒が好きだったんだ? お子様がっ! ……中々、来れなくてすまねぇ。何せ遠いからよ。今回だって、兄弟子を脅迫しやがる、色々と拗らせた妹弟子に呼ばれなかったら来なかったわ。許してくれや」


 その瞳には深い悲しみと真摯な謝罪。

 かつての世界と異なり、今やこの世界において彼の存在は大き過ぎた。こうして動いただけで、影響が出てしまう。

 実際、今回ですら『龍神』を守護する竜騎士団が準戦時態勢へ移行した程なのだ。『星落ラヴィーナ』が昔したやんちゃは未だに、竜とハイエルフ達を強く警戒させている。


「だいたいなぁ……お前とあいつが散々甘やかした結果、俺の妹弟子共はべったりのまんまなんだぞ? 師匠離れしろって、俺が言っても聞きやしねぇ。むしろ散々、こき使いやがるっ! むしゃくしゃして、子猫や剣馬鹿、深淵の爺や婆と遊んでたら、本気で虐めに来やがるし……酷いと、思わねぇか? 子供扱いしやがって。俺は確かに年下――つーか、あいつより年上なんかいんのか? 知らねぇけど……したって、もう餓鬼じゃねぇ。そうだろ?」


 墓に向かって、ここぞとばかりに悪口を吐き出す。妹弟子には言えないのだ。虐められるから。

 

 ――散々、悪口を言っていた少年の目が細まり、口が閉じられた。誰かが来る。


 現れたのは老人だった。

 フード付きの黒外套を被り表情は読み取れないが、覗く髪は白く、果実酒を持つ手には深い皺。少年が持ってきたそれと同じ銘柄だ。

 ゆっくりと墓に近づき――墓前に供えられていた花束と果実酒の瓶を忌々しそうに掃った。そして、自分が持ってきたそれを墓にかけ、墓前に置く。

 まるで、何事かを主張するかのようだ。

 そして少年には声もかけず背を向け、去ろうとする。


「……おい」


 少年は座ったまま話しかけた。老人の歩みが止まる。

 立ち上がり、剣呑な口調で問う。


「何も言わずに行くつもりかよ? ……今更、何をしようとしてやがる」

「―—……それを、お前に言う義理があるか?」 

「ねぇなぁ。、お前の手を取らなかった俺は結局の所、部外者に過ぎねぇ 正直、てめぇがあっさり死のうが、あいつの逆鱗に触れて惨たらしく死のうが、どーでもいい」

「ならば」

「が」


 古い剣の柄に少年の手がかかる。

 

 ―—周囲の生物悉くがざわつき、次々と退避していく。


 分かっているのだ。この場に留まり、巻き込まれれば間違いなく死ぬ、と。

 老人は依然として、背を向けたまま。


「……てめぇが、もう一度『世界』へ戦争を吹っ掛けるってんなら別だ。それを許容する程、俺は優しくねぇ」

「そうだ、と言ったらどうするのだ? 六英雄亡き後、人の世界を守護せし『神剣しんけん』よ」

「決まってる」


 瞬間――世界最高の斬撃が放たれた。


 射線上にいた少年に敵意を持つ存在全てが切断。同時に凄まじい範囲が浄化される。神の視点を持つ者がいたならば彼の斬撃が、大陸の果てまで届いていることが分かっただろう。

 しかし――振り返り、禍々しい深紅の剣を抜き放った老人はその斬撃を凌いでいた。外套が切れ顔が現れる。顔面の左半分は一度潰れたかのように酷い傷跡。左目も白濁している。

  

「…………そんなになっても、恨みは消えねぇかよ」 

「消えぬっ! 消えるものかよっ!! 儂を――儂達を利用し、利用し尽くし……彼女を、アキを殺したっ、こんな世界など、滅んだ方が良いのだっ!!!!!」

「……そうかい。ま、死んどけや。昔のお前ならいざ知らず、今のお前じゃ、幾ら魔剣『くれない』を持っていても俺には勝てねぇ」

「無論、承知しておる。この身はあの外道によって時の呪縛に囚われてしまった。この老いた身体では……貴様には勝てぬわな」


 老人は淡々と戦力差を肯定した。

 しかし、少年は警戒態勢を解かない。彼の直感は最大警戒を発している。

 ―—いつの間にか、老人の手には二つ小瓶が握りしめられていた。中には深紅の粉、と欠片が入っている。

 少年の目が見開く。同時に、心底悲しそうに呟いた。


「…………それが、お前の選んだ道なのかよ? あえて問う。正気か?」

「正気だともっ! 我が旧き戦友、『神剣』ソラよっ! 貴様は我が計画の妨げになるっ!! 今、ここで、死んでおけっ!!!」


 老人がそう叫ぶと――周囲一帯は古い戦略結界によって閉じられた。同時に小瓶が砕かれ、欠片と粉が老人へと吸収される。尋常ではない魔力の鼓動。

 少年――『神剣』ソラは、寂しそうにかつての戦友を見つめ、呟いた。


「……ったく。また、馬鹿師匠の尻拭いだ。今度あったら請求してやるっ」


 悪態をつき何の変哲もない剣を構えた。

 ―—こうして、現世界最強とかつての英雄は激突した。

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