第121話 傑物
大陸における三大国の内、自由都市同盟の政体は特殊である。
一見、共和制のように見える。
事実、議会もあり、同盟議員三百名によって討議もされている。が、その内半数は世襲である貴族。改選されるのは半数に過ぎない。
かつ――国家の重大事を決定するのは、僅か六名の元老議員と全議員から選出される統領の、合計七名のみ。
つまり、この国は共和国でありながら貴族もおり、極少数による国家意思の決定、という様々な政体が組み合わさっているのだ。
そして今――同盟首府、
「統領が王国の王都へ出向くのは危険、と考える」
「うむ。南方情勢も流動的な状況で、海都を離れるのは如何なものか?」
「だが、帝国からは女傑。王国は王本人が出席すると聞く」
「こちらもそれ相応の人物を出席させねばなるまい」
「統領はどうお考えか?」
「アンドレアからの報告は?」
元老議員達の視線が椅子に深々と腰かけている老人へ集中。
長く伸ばした白髭を右手でしごいている禿頭の老人――自由都市同盟統領、『傑物』エンリコ・ダンドロは口を開いた。
「昨日、愚息より連絡が届いた」
「! 生きておったか」「おお」
「……が、大凶報であった」
『!?』
エンリコは議員達を眺め、酷く疲れた表情を向けた。
静かな動揺が広がる。
統領は齢七十を超え、数多の戦場で陣頭指揮を執ってきた身体は満身創痍。
『神剣』と共に、突如襲い掛かってきた『拳聖』と渡り合い、蒼海洋の小島を幾つか沈めてみせた大魔法士も老いには勝てず、戦場に出なくなって久しい。
それでも、精力的に政務を執り行っていたのだが……。
「アレクサンドリアの地において、議会主導で行われていた介入行為が露見した。ルゼ・アレクサンドリア女王の病は完治。『十傑』数名を含む決戦が起こったようだ。しかし――我等にとっては治した人物こそが大問題だ」
「だから、王国の馬鹿共と組むのは止めておくべきだ、と言ったのだっ!」
「ルゼ女王は英雄。敵に回せば……パーメリア大陸における商売に多大な支障がでるのは必定」
「治した人物とは?」
「辺境に引き籠っている筈の御仁だ」
『!?』
「? どなたですか??」「辺境の引き籠り??」
年老いた議員達は愕然。若い二人は疑問を浮かべている。
エンリコは机の上に手を組んだ。左手には手袋。義手だった。
「覚えておけ。世界には敵に回してはいけない者達がいる。例えば『
「なっ!?」「で、ですが、統領はかつて」
「火遊びに巻き込まれただけよ。結果、儂は左腕を喪った」
「「…………」」
「し、してじゃ……かの御仁が何故、南方におったのだ? 今更、世界に関与するとは……」
若い議員二人が絶句している中、年老いた議員が疑問を呈した。他の議員達も同じ表情を浮かべている。
「それは」
「―—簡単。何処かの馬鹿共が『女神』と『魔神』をこの世界に蘇らせようとしている。それを、あの人は世界に認めてなどいない」
『!』
後方より淡々とした声。議員達がぎょっとして振り向いた。
そこにいたのは、小柄なメイド服姿の白髪ハーフエルフ。
老人達の顔が引き攣り蒼白に。若い二人は理解が届かない。ここは海都の統領府。同盟大金庫と並び警備は厳重。どうやって……。
エンリコが口を開いた。
「……久しいな『殲射』のエルミア姫」
「―—単刀直入に聞く。貴方達はあの人の敵?」
「そうだ、と言ったら?」
「―—決まってる」
瞬間、七名の首筋に『短剣』が出現。
エルミアの瞳に躊躇いはない。次の返答次第で同盟の首脳部は――エンリコが苦笑した。
「敵に回るつもりは毛頭ない。……今回の件、儂の首で勘弁してもらいたい。同盟が、ルゼ・アレクサンドリアを煙たく思っていたことは事実。が、その排除の方法として、魔神・女神が関わるなぞ……知らぬ」
「―—そう。ならいい。後は本人と話して」
「本人?」
強大な魔力と共に、精緻な魔法式が浮かび上がる。
光と共に南方装束を身にまとった美女が出現した。手には何も持っていない。
「お初にお目にかかる。ルゼ・アレクサンドリアだ」
『!』
「戦争をしに来たつもりはない。文句は言いたいがな。何せ、殺されかけたのだ」
「……エンリコ・ダンドロだ。南方の女王よ。我等に何を望む?」
「それは追々考える。今は恩を売りにきた」
「恩だと?」
ダンドロはルゼを睨む。が、若い英雄は怯まない。
視線を外し欠伸をしているもう一人の怪物へ向ける。
「エルミア姫」
「―—王都へ行くのに護衛が必要でしょう? 帝国は『天騎士』。王国は『光弓』の小娘。貴方達に同格の者が?」
「それ程の事態と?」
「―—ハルはそう判断している」
「…………」
エンリコは自分の老いを痛感した。
一昔前ならば。しかし、最早――。
「……分かった。御二人へ護衛を依頼する」
「―—二人だけじゃない」
「うむ! 吾輩に任せるのであるっ!!」
飛び出してきた猫を見て、エンリコは震えた。
『殲射』『四剣四槍』『拳聖』の三名をあの男が護衛へ回してくる。つまり、それだけ危険が大きい、ということか。
――後年、彼は思い出すこととなる。『危険が大きい』。何と甘い判断だったのか、と。
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