第123話 伯爵

「では……これだけ調べてもなお、何も、何一つとして分からぬ、というのか!? 行方をくらました兵達は、最低でも第八階位。中隊長は第六階位に達していたのだぞ? 腐っても、我がアルバーン家の紋章を抱く者達が、何も情報すら残さずに、消えたと??」

「はっ……遺憾ながら、そう判断する他はないかと。虱潰しに捜索を行いましたが血の一滴、目撃者の一人も発見出来ませんでした。聖堂内の古馴染にも探りを入れたところ、聖堂騎士団も我等と同じく何も……困惑が広がっているようです」

「っぐっ! ……もうよい、下がれっ!」

「はっ……」


 しかし、古い騎士服を着た老人は、そのまま頭を下げ続けている。

 アルバーン伯爵は、苛立たし気に問うた。


「まだ、何かあるというのか!」

「……本件とは関係ない、と思いますが一点。昨日、王都近隣の森林地帯にて、大規模な、極めて大規模な戦闘があった模様です」

「大規模戦闘だと? しかし、そのような事あらば、即座に警報に引っ掛かるだろう」


 机に両肘を載せ、アルバーン伯爵は怪訝そうに、部下の古参騎士を詰問した。頬には深い皺が刻まれ、髪は銀に近い白髪。肌は浅黒い。

 この男の名はディノ。王国より遥か東方の地出身の元奴隷。年齢は七十をとうに超えている。

 第四階位という伯爵家という格を考えれば物足りないものだが、先々代よりアルバーン家に仕えている男であり、紛れもなく歴戦中の歴戦。戦歴だけで数冊の本が書けるほどだ。

 そのこともあり、各家に顔がきく。何より、アルバーン家へ絶対的な忠誠心を持っている。……あくまでも先々代が残した『アルバーン家』へだが。

 それでも、強者の多くを息子達へ付け、帝国国境へ出陣させてしまっている現状では、伯爵が持つ最強の『駒』であった。

 その『駒』が顔を強張らせている。


「……王都の警戒網は、一切探知しなかったようです」

「!? 馬鹿なっ。自分が何を言っているのか、理解しているのか? 王都の警戒網は大陸でも有数。それに気づかず――待て。大規模な戦闘、と言ったな? どの程度の戦闘だったのだ?」

「分かりませぬ」 

「貴様っ……私を愚弄しているのかっ!!!」

「分からぬのです。何しろ」


 ディノの鋭い眼光が伯爵へ向けられた。

 そこに、愚弄の色はない。


「森林地帯ごと、周囲一帯の丘が悉く消失を。自分の目でも見てまいりましたが……人の手によるものとは到底思えませぬ。龍や悪魔、特異種であっても不可能でしょう」

「…………訳が分からぬ。だが、当面は捨て置けばよい。ああ、言いそびれていたな。今宵の探索は、私自らが率いる。貴様は屋敷警護に回れ。古参の者達もだっ! 知っているのだぞ? 貴様達が私に反感を抱いていることはなっ!!!」

「…………王女殿下、そして、レベッカ様が御許しになるとは思えませぬが」

「黙れっ!!! もうよい、出ていけっ!!!!」


 老騎士は物憂げな様子で部屋から退室していった。 

 ……どいつもこいつも、使えぬっ。使い物にならぬっ!!

 我が、アルバーン家は武門。その家に属する兵達が、不覚をとったなど! あってはならぬのだっ!! 他の貴族の耳に届く前に片を付けねば、今後の出世に響く。私は、伯爵程度で終わる男ではないのだから。

 本来であれば、手足となるであろう息子達は、帝国側に黒天騎士団がついたことによる動員で、伯爵領の最精鋭部隊を率いて帝国国境へ赴いている。手駒不足は否めない。

 ならば――伯爵は机脇に置かれている、騎士剣を手に取り、抜き放つ。


「……この『雷光』自ら、戦場に上がる他あるまいて」


 第二階位に達し、幾多の敵を屠って来た。そして、都度、昇進を重ねてきたのだ。今回もそうすればいい。解決さえすれば、王女も喧しくは言わないだろう。

 問題を迅速に片付け、その後、シャロンを公爵へ差し出す。

 ――いや、それよりも不肖の長女が良いかもしれんな。

 数年ぶりに見た娘は美しく成長していた。あの美貌ならば、何処に差し出しても、満足させることが出来よう。

 我が家の為だ。否応はあるまい。私は数年間の家出を寛大にも許したのだから……。

 特階位『雷姫』などという、根も葉もない噂話も聞いたが、とても信じられぬ。王女殿下にも困ったものだ。王国の未来が危ぶまれるわ。

 長女はそうするとして、次女はどうすべきか……。女神教の枢機卿にでも嫁がせれば盤石なのだが。

 女神に仕える、と嘯きながら奴等は皆、一様に女好き。それでいて、権力は大きい。王家ですら遠慮がちな程だ。

 これから先、侯爵、そして公爵へ昇っていく為には、我が娘達は最も効き目をはっきりする相手へ使わねば……。

 アルバーン伯爵は考え続ける。自分の栄達の為に何が最善なのかを。

 

※※※


 部屋から出たディノを待ち受けていた古参の部下―—やはり、髪は白く、肌は浅黒い――は、老騎士の表情を見て全てを察した。


「隊長」 

「無駄だ……最早、伯爵は止まられまい。私は屋敷に留まり見届けるが、お前達は伯爵出陣後は、自儘に――……いや、レベッカ様へ、御嬢様へ報告せよ」

「! お、お、御嬢様がお戻りに!!?」

「…………立派になられたようだ。今では特階位との話を聞いている」

「!?!!!」


 目を見開き絶句した副隊長は、直後、嗚咽を漏らし始めた。

 ……あの少女が、よくぞそこまで! 

 涙を拭い、見事な敬礼をディノへ向けた。朗らかな笑み。


「――確かに承りました。その後、我等、レベッカ様とシャロン様の楯となりましょう。この歳になって、先々代から受けた大恩を返せる時がこようとはっ! はは、人生とは分からぬものですな!」

「ああ……まったくだ」

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