第119話 レベッカ―7

「ああ、謝罪は結構です。兵を盾にして相手の力量を測る――悪い手じゃありません。王族の方ともなれば普通のことなのでしょうし。けれど」


 タチアナが微笑む。これは……相当、怒ってるわね。

 王女様の顔が強張る。


「私のお慕いしている方ならこう言われるでしょう。『自分の驕りに気付いてない強者。まったく質が悪いね。まして、それが現実世界の権力とのなら尚更だ』と。……私達に話があるのなら、どうして御一人で来られなかったのですか? わざわざ、レベッカさんの御親族まで連れられて出方を窺うなんて。有り体に言えば悪趣味の極みです」

「っ」

「! き、貴様っ!! 王女殿下に向かって、な、何たる言葉をっ!!!」

「知りません。この方が、王国でどんなに偉かろうが、私とレベッカさんには一切関係がありません。……もしかして、シャロンさんの婚姻、というお話も貴女の策謀ですか? だとしたら、処置なしです」

「……婚姻? 何の事でしょうか。対応を誤ったことは謝罪します。心の何処かに、貴女達を侮る悪しきモノがあったのしょう。その上で――どうか、お願いします。話を聞いてくださいませんか?」


 嘘はついていない、みたいね……ちらり、と見るとアルバーン伯爵が苦虫を噛み潰していた。

 ああ、分かった。そういうことね。私の時と同じ。こいつが勝手に先走って色々進めただけ。もしくは、進めてもいないけどシャロンを騙して、私を。

 ……人は、変わらないもの、ね……

 タチアナが視線を向けてくる。軽く頷く。


「分かりました。御話、うかがいます」

「本当ですか!?」

「はい。ですが……その方達は邪魔です。話を聞くのは私とレベッカさん、そしてシャロンさんだけにしてください」 

「! そ、そんなことが許される筈」

「分かりました――アルバーン伯爵、御苦労でした。これより先は国家機密。貴方には聞かせられません」

「殿下!? し、しかし、それではこ奴等が狼藉を働いた場合――っ」



「私の名は『光弓こうきゅう』シルフィ・エルネスティンです。何かご不満が?」 

 

「い、いえっ! し、失礼いたしましたっ!!」

 

 そう言うと、兵達と共に引き上げていく。

 ――視線が交錯。憤怒。まぁ、微風みたいなもんね。

 だけど、しがみついているシャロンは酷く怯えている。この子……どうしようかしら。

 部屋全体を光の結界が覆う。同時に、白い椅子とテーブルが出現。


「どうぞ、おかけください。これで誰にも邪魔はされずお話が出来ると思います。その後――協力の是非について、お聞かせ願えれば」

「……分かったわ」


 私達が椅子に腰かけると、王女は語り始めた。



※※※



 始まりは、今から二週間程前のことでした。

 騎士団と共に、帝国国境へ向かう準備をしていた私に、父である王から、突如密命が下ったのです。


『――王都にて『異変』起こりつつあり。今の内に解決出来ねば、『大崩壊』の再来とならん。これを阻止せよ』 

 

 我がエルネスティン家は、その成立の関係から、帝国では排斥された女神教と深い関係にあります。

 無論、今まで、その全てが綺麗なものではありませんが……しかし、彼等の奥の院である大聖堂より極稀に発せられる予言は、建国以来、外れたことはありません。王ですら、無視は出来ないのです。

 その為、私は王都に留まり内偵を進めてまいりました。

 

 ――はい、そうです。

 

 帝国の『女傑』カサンドラ・ロートリンゲン。

 同盟の『傑物』統領エンリコ・ダンドロ。

 この二人が近く王都へやって参ります。

 ……会談内容は私にも分かりません。

 けれど、御存じの通り我等は表向きこそ、この数十年、刃を交えてはおりませんが、裏ではしばしば争う間柄。

 まして、帝国は先日、かの大陸最強兵団である『黒天騎士団』を自らの側へと引き込みました。

 以前の奇妙な均衡は崩壊。本来であれば、私も国境に立つ必要があります。……立ったとしても、程度問題かもしれませんが。

 

 ――話を戻します。

 

 内偵の結果、確かに奇妙な出来事が起こりつつあることが分かりました。

 毎夜毎夜、人が忽然と消えているのです。

 はい、字義通りです。、です。死体どころか、血の一滴、髪の毛の一本ですら残っていません。

 対象は様々です。

 冒険者崩れ、元軍人、傭兵……関係性は見いだせていません。

 一点だけ共通しているのは――彼、彼女等は、生前、例外なく殺人を……それも、一人や二人ではない数を殺めていました。

 

 ――はい。既に全員死亡したと認定しています。


 数は把握されただけで、約200名。実際にはそれより間違いなく多いでしょう。  今まで騒がれてこなかったのは、その全員が表社会との関りが極薄い、もしくは戸籍上存在しない人物だったからです。

 ――話は早くて助かります。そうです。

 昨日、『不倒』殿が叩きのめされ、その後、忽然と姿を消したアルバーン伯爵の兵達。今回の異変において、初のです。

 ルールが変わったのか。それとも、他に意図があるのかは分かりませんが、この機会を逃すわけにはまいりません。

 ですが……相手はこの王都において、目撃者を誰一つ出さず、数百名を殺害した怪物です。

 どうか、どうかお願いします。御助力、願えませんでしょうか。我が国にいる特階位は、皆、帝国国境へ動員されており、動ける者が他に……おそらく、私一人では、太刀打ち出来ぬ相手でしょう。

 

 ―—三国会談において、何かあれば大戦争になってしまいます。

 

 その芽を、私は事前に摘んでおきたい。

 この国は私の祖国であり、守るべき地なのですから。

 私の話は以上です。

 御返答をお聞かせ願えます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る