第118話 レベッカ―6
「――これで、良しっと」
翌朝、私は軽鎧を着て二振りの剣を腰に差し、髪を紫のリボン結い上げ姿見の前で、最後の確認をしていた
隣で見ているシャロンが声をあげる。
「わぁぁ……姉様、カッコいいです……凛々しいですっ」
「そう? 昔と、そんなに変わってないわよ」
「あと、その」
「?」
「えっと、えっと、リボンを触られている時の御顔が、御綺麗でしたっ!」
「……気のせいじゃないかしら」
そんな筈――そうなのかしら?
何とはなしに、後ろのリボンを弄る。でも、変わったのだとしたら……それはあいつに出会ったせいだ。あいつが私を盗んだせいだ。
ニコニコしているシャロンへ、話しかけようとしたその時、ノック音。
「いいわよ、入って」
「は~い♪ あ、もう着替え終わったんですか? ……残念です」
「一応、聞いてあげる。どうして?」
「それは勿論、レベッカさんの磁器みたいに綺麗な肌を愛でる為ですよ!」
「……タチアナ、あんた、クランにいる時と性格変わり過ぎじゃない?」
「えー。でも……うふふ、今朝、レベッカさんがあられもない姿で寝ている間に、シャロンさんと温泉に入ってきたんですよ♪」
「! シャロン?」
「えっと、あの、タ、タチアナさんがどうしても、と仰るので……」
「大丈夫? 変なことされなかった??」
思わず妹の肩を掴む。すると、恥ずかしそうに俯いてしまう。
まさかっ!
きっ、と微笑む美女を睨みつけ、シャロンを抱きしめる。
「……ちょっと、私の可愛い妹に何をしてくれたのよ?」
「それは、勿論、ひ・み・つです♪」
「タ~チ~ア~ナ?」
「うふふ――レベッカさん!」
和やかな雰囲気が一変。鋭い声でタチアナが叫んだ。
私はシャロンを、背中にやり細剣を引き抜く。
――直後、轟音。
扉が砕け散り、完全武装をした十数名の兵士が私達へ殺到。軍用魔槍を突き付けられる。
そして、その奥から、巨大な魔槍を携えた偉丈夫が一人。更に奥にはフードを被った騎士も一人――こいつ。
「あ、姉様」
「大丈夫よ――で? どういう料簡なんですか? ここは『一角亭』。こんな場所で騒動を起こせば、言い訳もききませんよ? 『雷光』アルバーン伯爵様?」
「……黙れっ! 馬鹿な娘だと思っていたが、よもや、これ程の大馬鹿者だとは思わなんだ。気に喰わぬから、と王都の中心地で兵士達の命を奪おうとは……特階位になった、などという話もこの分では偽情報であったかっ。貴様は我がアルバーン家の恥っ! 抵抗すれば命はないものと思えっ!」
「? 何を言って」
「この期に及んで言い逃れとは見苦しいぞっ! せめてもの情けだ。大人しく縛につけば、命は取らぬ」
「――何やらお忙しいところ、申し訳ないのですが、お聞きしてもよろしいですか?」
緊迫した状況を引き裂く、穏やかな声。
伯爵が、じろり、と私の隣で小首を傾げている美女を見る。
「……何者だ?」
「情報伝達がされてませんねぇ。聞かない方が良いと思いますよ――昨晩の兵士さん達が、殺害されたんですか?」
「!」
「なるほど。だったら、レベッカさんにどうこう言うのは間違いです。兵士さん達を気絶させたのは私ですから」
「……何だと?」
「けれど、殺してなんかいません。ワイン瓶でちょっと気絶してもらっただけですから」
「馬鹿なっ。完全武装の兵士達をワイン瓶で、などと……」
「出来ますよ。容易い話です。そうですねぇ……この場で、レベッカさんと私とやり合えるのは」
笑みを浮かべながら、真っすぐ指差す。その先には、フードを被った騎士。
伯爵の表情が強張り、兵士達も動揺。
タチアナの口調が変わる。
「――人に試されるのは一人の方を除いて、好きじゃありません。私達に頼みがあるのなら、御自身の口で語られるべきだと思いますよ? 王国の守護神にして、大陸第二位の射手。『十傑』の一角、『
『!』
伯爵と兵士達が殺気を発し、魔法を展開し始める。
シャロンが私に抱き着く力を強めた。その小さな頭を、ぽんぽん、と叩く。大丈夫よ。だって、ああみえてタチアナは。
「申し遅れました。私の名はタチアナ。帝国迷宮都市で細々と探索をやらしてもらっています、クラン『薔薇の庭園』副長。『不倒』のタチアナです――槍を向け魔法を紡いだ、ということは」
ゾワリ、と背筋が冷たくなる。
……ここ最近、ああだったから忘れてたけど、この子は強い。おそらく、私よりも。何せ、教え子でもないのにあれだけあいつに、ハルに気に入られているのだ。他の教え子達も『教え子以外で、装備を持っているなんて異例中の異例』と言っていた。
「つまりは、私達の敵、ということでよろしいのですね? ああ、言っておきますが――階位は、特階位です。あら? この地では確か、王族の方にも頭を下げなくて良いとか?? なのに……うふふ♪」
戦列が後退。伯爵の顔は引き攣っている。
……タチアナもさっき言っていたけれど、昨日の情報が、伝わっていないなんてほんと末期ね、もう。
鈴のような声は響いた。
「――アルバーン伯爵。もういいです。ここからは私が」
「は、はっ!」
奥の騎士が前進してくる。
伯爵は片膝をつき、兵士達もそれに倣う。
タチアナの前で立ち止まり、フードをとった。ほぼ、彼女と同じ背丈。
――今まで、色々な美少女や美女は見て来た。けれど、その中でもこの子は。
光り輝く金髪を靡かせ、少女が深々と頭を下げた。
「シルフィ・エルネスティンです。失礼があったことを謝罪いたしします。その上で――貴女方の御力をお貸しくださいませんか?」
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