第115話 レベッカ―3

「うふふ、この白ワイン、飲みやすいですね。後でお土産にしたいです。お料理も美味しかったぁ」

「……タチアナ、少し飲み過ぎよ。だいたいそれ、私のグラス」

「わかってまーす。わざとでーす♪」

「…………酔い潰れたら、ベッドへ放り投げるから」

「えーレベッカさん、ひどいですー」


 くすくす笑っている美女をジト目で見る。ほんのりと頬を染めている姿は、普段よりもずっと色っぽい。……言動は残念だけど。

 テーブル上には空いた皿とワイン瓶が四本。おそらく一本で金貨十数枚はする超高級品。

 溜め息をつく。まったく、どうしてこんなことに。

 ここは、王都でも名高い最高級ホテル『一角いっかく亭』。そのスイートルーム。

 冒険者ギルドを通じて宿を適当に取っておいてもらった結果が、これ。

 どうやら無駄に気を遣わせたらしい。確かに、ここなら警備も厳しいだろうけど。タチアナが言うように、料理もワインも美味しかったし。

 ……あいつに関わってるせいか、自分が特階位なのを忘れがちなのは悪い癖だ。気を付けないと。

 それにしても。


「? レベッカさん? どうかしましたか?」

「……何でもないわ」

「嘘です! 今、私のことを見てましたよね?」

「見てない」

「見てましたー」

「私が見る理由がないでしょう?」

「酷いっ! 私のことは遊びだったんですねっ! あんなに仲良くなったと思ったのにっ!! 裏では『くくく、所詮は恋敵。油断をさせて後ろから』なんてっ」

「誰よっ! 第一、私は別にあいつのことなんか」

「あれあれぇ? 私、相手が『ハルさん』なんて言ってませんよぉ?」

「っぐっ。タ~チ~ア~ナァ?」

「きゃー♪ 怖いです~」


 楽しそうにはしゃぐ『不倒』の異名を持つ美女。

 ……駄目だ。

 この子、珍しく酔ってる。

 肩を竦め、席を立つ。


「? レベッカさん??」

「お風呂に行ってくるわ。天然温泉らしいし。タチアナは」

「行きますっ!」 

「なら、準備をする」

「は~い♪ うふふ~ほんとっ、レベッカさんって」

「……何よ」

「優しいですよね♪ あ、そーだ! 私、お姉ちゃんが欲しかったんですよ。レベッカお姉ちゃん、って呼んでいいですか?」

「ダメ」

「えー。いいじゃないですかぁ。減るもんじゃなし~。それとも、レベッカママが」

「……先に行くわ」


 無視しさっさと着替え等々を持ち、部屋を出て、壁に背をつける。

 ……今頃、レーベはあいつと一緒の筈。

 帰ってきたら、きっと色んな話をしてくれるだろう。

 『ママ、あのね、あのね』――思わず顔が綻ぶ。  


「レベッカさんっ! ――えへへ♪」

「ち、ちょっと、タチアナ、離れなさいよっ!」


 飛び出て来たタチアナが、私を見つけるやいなや、デレっとして左腕を掴んできた。柔らかい感触。……む。

 私だって、その、悪くはないと思う。けど……男の人は、大きい方が好きな場合が多いって――はっ! わ、私は何をっ!

 頭をぶんぶん振り、引き離そうとするも、くっ……。


「うふふ……無駄ですよぉ。私、これでも盾役ですから! さ、行きましょー」

「はぁ……分かったわよ。ところで、タチアナ」

「?」

「その、ワイン瓶とグラスは何?」

「お風呂で飲むと美味しいんです♪ 前に、ハルさんと一緒に行った時、教えていただきました」

「…………へぇ」

「今度、三人で行きます?」 

「! い、い」

「い?」

「……行く」

「はい♪」


 敗北感を抱きながら、広い廊下を歩いて行く。

 暫くして立ち止まり、静かに尋ねる。


「で、何時までそうやって様子を窺ってるの? 言っておくけど、私は別に助けなくてもいいんだからね」 

「レベッカさん、居場所を書いたメモを渡して、かつ、御自分から声までかけてそれは流石に説得力がありませんよ? でも、早く出て来てほしいですね。私達、これから温泉なので♪」

「タ、タチアナは、黙るっ!」


 置いてある調度品の影から、緊張した様子の少女が姿を現す。精一杯の変装なのか、ズボンを履き、帽子を被っている。

 肩までの白金の髪。背が伸び少しだけ大人びたようだが、幼い時と同じく、視線は気弱そう。


「あ、姉様……あの……えっと……」

「久しぶりね。さ、用件を」 


 左腕が軽くなった。

 くっ付いていた美女が、目の前の少女を捕食―—するかの如く、抱きしめた。


「!?!!」

「可愛いですっ! 小さな時のレベッカさんもこんな感じだったんですか? 今度、是非」

「……着ないわよ。タチアナ、私の妹を離して」

「嫌ですっ!」

「え、えっと、あの……姉様、こちらの方は……?」 


 少女――私の実妹であるシャロン・アルバーンが、おずおずと尋ねて来た。

 一生懸命、抜け出そうとしているけど、まぁ無理よね。


「その子はタチアナ。まぁ……連れよ」

「レベッカさん、そこはちょっと冷たく、でも実は認めてる感じで『……戦友よ』とか、少し照れて『……私が憧れてる人なの』でいいところですよ?」

「……酔っ払いだから、気にしないで」

「は、はぁ」

「タチアナ離れて」

「――駄目です」 

「タチアナ」

「駄目ですっ! シャロンさん」

「は、はい」

「――お姉さんと温泉へ入りたくありませんか?」

「へっ?」

「裸になって、積もる話をした方がきっと良いですよ♪ うん、そうしましょう!」

「ち、ちょっと、タチアナ」

「レベッカさん達は先に行っててください。私、シャロンさんの着替えとかを用意してきまーす」


 そう言うと、あっと言う間にいなくなった。

 ……あの子、本気の本気で酔ってるわね。

 呆気に取られた様子のシャロンへ声をかける。



「ま、そういうことだから。話は温泉で聞くわ。これでも、長旅で疲れるのよ」

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