第114話 レベッカ―2

「……着いたわよ」


 貴族街を進んでほどなく、周囲を鋼鉄の柵で囲まれ、二柱の雷と剣が金属で描かれている屋敷の正門前に辿り着いた。

 さっきからきょろきょろと周囲を見渡し、映像宝珠片手に、撮影しているタチアナへ声をかける。屋敷を見て、子供のようにはしゃぐ。

 

「うわぁ! 凄い御屋敷じゃないですか。レベッカさんは御嬢様だったんですね。敬語にした方が?」

「…………嫌味? 貴女達のクランホーム、これの倍以上あったじゃない。設備も立派だったし」

「そんなことはないです。さ、行きましょう」

「ち、ちょっと、待ちなさいよ」 

「? どうかしました――ああ、なるほど。うふふ」

「……何よ。仕方ないでしょ。もう、二度と帰って来ないと思ってたんだから」


 そう。私はこんな所に二度と帰って来るつもりはなかったし、二度とあんな人達に会うつもりも更々なかった。

 多分、昔の私だったら妹からの手紙を受け取っても黙殺しただろう。私には何も関係ない、と。

 けど――突然、タチアナが両手を優しく握ってきた。


「大丈夫ですよ。大丈夫です。いざとなったら、全部全部、吹き飛ばしてから考えればいいんですから。ただし、殺しちゃ駄目ですよ?。後々面倒です。やるなら、全ての証拠は隠滅。証人も皆殺しです♪」

「…………ねぇ、私をからかってるでしょう?」

「ええ、勿論♪」

「……何時か痛い目、見るわよ」 

「その時はハルさんとレベッカさんに助けてもらいます。それに、うちの団長、ああ見えてとっても過保護なんですよ?」

「はいはい。じゃ」

「ええ」


 紋章へ手をかざし、魔力を流し込む。

 すると、奥から十数名の警護兵達が出てきた。皆、長槍に重鎧。

 ……変だ。

 まるで、これから最前線にでも赴くかのような重装備。

 門の内側から隊長らしき男が叫ぶ。知らない顔。未だに、人員の入れ替わりは激しいらしい。


「何者だ! ここをアルバーン伯爵邸と知ってのことか!」

「伯爵? ……へぇ。何をしたか知らないけれど、子爵ではなくなったのね」

「質問に答えよっ! で、なければ」

「――シャロンに伝えなさい。話は聞いてあげる、と。ただ、私からは何もしない。当分、王都に滞在しているわ。これが滞在先を書いたメモ。タチアナ、行きましょ」 

「あれ? いいんですか?」

「いいのよ。私はハルにこう教えてもらった。結局のところ、自分を変えるのは自分。他人じゃない。たとえ、肉親であったとしても……それは変わらないわ。あの子が本当に私へ助けを求めているなら、来るでしょう。何としても」

「でも」

「何をごちゃごちゃ話しているっ! シャロン様は、貴様のような者になど、決してお会いにはならぬっ! ……怪しい奴等め。おいっ!」


 隊長が号令を下すと、門が開いていく。

 私達へ長槍が突き付けられた。


「動くなっ! 大人しく、名を名乗れ」

「う~ん、レベッカさん。どうやら、穏便にはいかないみたいですね♪」 

「……どうして、そんなに嬉しそうなのよ。意外と暴れたがるわよね、貴女」

「私、繊細な女なので……時折、発散しないと心を病んでしまうんです……こんな身に生まれた自分が恨めしいです」

「普通の女は槍を突き付けられたりしたら、悲鳴をあげると思うけど?」

「レベッカさん、それ御自分も、普通じゃないと認めてますよ?」

「き、貴様等っ、無視をするなっ!!!」


 長槍が更に近付く。

 ……はぁ。

 前髪を触りながら、名乗る。


「レベッカ。レベッカ・アルバーンよ。一応、『雷光』アルバーン子爵――ああ、今は伯爵なのかしら? どうでもいいけど。その人の長女になるわね。……反吐が出るけど」

『!?』

「ついでに言わせていただくと、レベッカさんと私は特階位です。確か王国の法だと、公的身分は公爵様より上とか? その私達に、武器を向ける――うふふ♪ どうなるんでしょうね?」

『!?!』


 隊長と兵達が激しく動揺。隣の美女は愉悦。

 ……この子、ほんと敵に回すと質が悪いわね。これで、私と同じくらい強いなんて。やっぱり神様は依怙贔屓が激し過ぎる。

 溜め息をつき、剣を一閃。

 全ての槍先を、叩き切る。


『!!』

「御見事。では、私も!」

「……止めときなさい。屋敷まで斬る気?」

「まさか。鎧だけに挑戦しようかなって。失敗したら」

「したら?」

「私もまだまだですね!」

「…………状況がややこしくなるからしないで。もう、いいわよね? 私はここに来た。確かに来た。後はあの子次第よ。後で、どうこう言われても私は関知しない――運が悪かったわね。同情するわ。タチアナ」

「はーい」


 一歩踏み出すと、兵達が一斉に下がった。その目には明確な恐怖。

 あの隊長がシャロンに伝えるかは半々。

 おそらく……アルバーン伯爵様、に握りつぶされてしまうだろう。自分が正しい、と考えたらそれ以外全て排除する。人はそう簡単に変われない。

 まぁ、そうなったら、最終手段――頬っぺたを突かれた。


「レベッカさんの頬っぺた、柔らかいですね。お手入れは何を?」

「……後で教えてあげるから。止めなさい」

「うふふ♪ さっきも言いましよよね? 大丈夫ですよ。いざとなれば!」 

「不思議なんだけど……どうして、そんなに好戦的なのよ。はぁ……まぁ、いいわ」


 にこにこ顔のこの子を見てると、悩んでる私がバカみたいだ。

 肩を竦める。


「疲れたし、美味しい物でも食べに行くわよ!」

「お供します♪ あ、あとで、恋話しましょうね?」 

「し、しないわよっ!」

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