第104話 サシャ―5

『なるほど。それは大変でしたね。サシャ、それで先生の御容態は?』

「大丈夫だと思いますぅ。傷はもう塞がりましたしぃ。ただ、エルミア姉がぁ……」

『ああ……なるほど』


 私の手の中にある、小さな宝珠から投影された、執務机にいるロスが苦笑しています。

 周囲には、無数の書類とマグカップ。彼自身も疲れているみたいです。


「ロスも大丈夫ですかぁ?」

『ありがとうございます。こちらは落ち着いてきました。まぁ……サクラ達が何か悪巧みをしてそうなので、出来れば早めに帰って来てください。僕だけでは止められないと思いますので……』 

「せんせぃ次第だと思いますけどぉ……多分、これからすぐ帝都や辺境都市には戻らない気がしますぅ。原因はぁ」

『……『四剣四槍』を呪っていた相手、ですね? 先生ならば、恐らくはもうその目星も。僕達への指示は?』

「何もぉ」 

『……そうですか。分かりました。サシャ、何かあったらすぐに連絡をしてくださいね』

「分かってますぅ。ロスもお仕事し過ぎないでくださいねぇ」

『ありがとうございます。では』


 宝珠から光が喪われ、映像も消失。

 椅子から立ち上がり、純白のシーツが眩しいベッドへ飛び込みます。

 う~う~う~。

 はぁ……やっぱり、私は彼が――ロスが好きです。

 今すぐにでも戻って、御仕事を手伝ってあげたいんですが……ベッドの周囲を見渡します。

 本来ある筈の天井や一部の壁がなく、薄い布で覆われています。私達用に部屋とベッドや椅子等が用意されているだけでも有難い事です。

 

 ――あの戦闘から、三日間が経ちました。


 来た当初、威容を誇っていた白亜の大宮殿は、ほぼ半壊

 それでも、ハル先生が張られた結界のお陰で、死者は出ず負傷者のみで済んだというのですから、改めて凄さを実感しています。

 最後の攻撃で、負傷されたハル先生でしたが、御自身の傷も治さないまま負傷された方々の傷を治し、宮殿の一部を修復後、エルミア姉の手で強制的に休息中です。

 ハル先生は『大丈夫だよ。この手の傷は慣れているから』と、抵抗されたんですが……エルミア姉とレーベだけでなく、ルゼさんまで強硬に主張されては流石に無理でした。

 そういえば、あの方、戦闘終了してからというものハル先生にずっと付き添われているんですよね。いったい何があったんでしょうか? 

 しかも、ハル先生、エルミア姉、アザミ、ルゼさんの四人で長い時間、部屋にこもられて話されていましたし……出てこられたエルミア姉とルゼさんは悪い顔をされていました。アザミは恍惚の表情でしたけど。

 少し嫌な予感がします。


「むふぅ♪ そこ、そこなのである。流石はカヤ。吾輩の事をよく理解しているのであるな!」

「当然っすよっ。ほ~れ、ほれ」

「おぅ、おおぅ!」

「……御二人は能天気ですぅ」


 安楽椅子に腰かけてくつろいでいる、ラカン兄とカヤをジト目で見ます。

 この二人? 昔から仲良しなんですよね。こっちでも一緒に行動しているとは思わなかったですけど。


「なに、小難しい事は、師と張り切っている姉弟子とあの魔女――そして『四剣四槍』殿に任せておけばいいのであるっ! 策があって、各国からきた問い合わせも、すぐには返答しなかったのであろうし、わざと宮殿の見えやすい損傷部分も修復せなんだ。露骨な誘いなのである。滾る、滾るぞぉぉ! どう考えても、あの四人が仕組む『罠』に飛び込んでくる獲物は、中々の獲物な筈なのであるっ!! 吾輩はその美味しい相手だけを」  

「ふ~」

「! カ、カヤ! い、いきなり、耳に息を吹きかけるのはっ」

「ふ~」

「!! や、止めるのであるっ。か、身体がをこう、ぞわぞわ、とぉぉぉ」

「……兄貴」


 カヤが、ラカン兄を抱きしめました。

 目はちょっと泣きそうです。


「駄目っすよ? あちしに黙って、死地に飛び込んじゃ。今回だって……運が良かっただけなんですからね? 一歩間違えてたら……」

「カ、カヤ。お、落ち着くのである。こ、今回は仕方なかろう? あそこで、止めねば、大惨事になるは必定。あの師ですら、本気になられていたのだぞ!?」

「…………分かってるっすけど。でも、やっぱり、駄目っすっ! お師匠達に付き合うのは仕方ないすっけど、兄貴だけじゃ駄目っすから、ね?」

「……困った妹弟子なのである。では、吾輩の背中は預けるのである」 

「うっす♪」

「…………」


 今、私はとってもふて寝したいですね。もしくは、今すぐにロスをここに呼びつけて――はぁ、でも私にはカヤみたいな勇気がありません。

 見た目は、服を着た猫を撫でる、狐族の美少女の構図なんですけど、しっかりとその……甘い感じが出ています。正直、ちょっとだけ羨ま――カヤが立ち上がりました。


「兄貴、サシャさん」

「ん?」

「どうしましたかぁ?」

「……どうやら、事が動くみたいっすよ。来たっす。しかも同時に。宮殿外の式神が感知したっす」

「ほぉ」 

「お客さんですかぁ?」 


 ベッドの上で身体の向きをカヤの方に変えつつ、確認します。

 どうやら痺れを切らしてやって来られましたか。   

 


「そうっす。王国と自由都市同盟の大使っすね。あーあー、護衛さん達もすっごく緊張しちゃってるっす。まぁそりゃそうすっよね。どっちが首謀者なのかは分かんないっすけど、呪殺しようとしていた相手がいる宮殿が突如崩壊したら、気になるのも無理はないっす。死んでいれば良し。死んでいなければ――祖国が『十傑』を敵に回した可能性が発生するわけっすから。さーて、見物っすよぉ、これは」  

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