第105話 サシャ―6

 それを聞いたラカン兄が、カヤの腕の中で動かれています。


「カヤよ。吾輩、直接見てきたいのである。この手を離すのであるっ!」

「映像なら壁に映すっす。音付きっすよ。なので、却下っす♪」

「はーなーすーのであるー」

「兄貴はほんともふもふっすよねぇ。もう、身体戻らなくていいんじゃないすっか? 今度から毎日、2時間は付き合ってもらいたいっすっ!」

「や、止めるのである。そ、そこは、洒落にならぬっ! 人の、漢としての、尊厳がぁぁぁぁぁぁ」

「兄貴は猫じゃないっすか♪」

「…………」


 大国の大使がやって来る。しかも二人同時にというのは、中々、大変な事態だと思うんですけど、どうやら御二人には関係ないみたいですね。カヤ、どれだけラカン兄が大好きなんですか。

 南方大陸じゃなければ帝国の大使も来るんでしょうけど……かつてこの土地を支配していた歴史的背景もあり、帝国は南方諸国家に外交官を派遣していません。

 裏ルートでの対話はあるみたいですけど、表面的なものです。その為、王国と自由都市同盟の影響力が相対的に大きくなっています。

 このタイミングでの訪問―—ハル先生が仰っていた通りです。後は『敵の見極め』をするだけ。


『今回の一件、黒幕には『全知』の遺児が絡んでいるとは思う。だけど、それ以外の全員が全員、敵ではないと思うんだよ。……皆、ルゼの死を願ってはいただろうけどね』

 

 笑顔でした。

 しかし、その目の奥は―—決して笑っておいでではありませんでした。……少しだけ、怖かったです。

 こちらの戦力を考えると、相手をする方達を心から憐れに思います。

 

 ハル先生の前で張り切り、本気な『千射』

 身体を完治させ、かつ新たな力を得た『四剣四槍』

 強敵との闘いに猛っている『拳聖』

 とんでもない演算宝珠を持ち込み、戦力を飛躍的に増大させている『東の魔女』

 

 ここに『戦争屋』と私が加わります。

 足りなければ転移魔法を使いこなす『天魔士』や『星落』も……。

 対抗するには最低で『国家』単位の戦力が必要です。打倒するのなら『神』数柱が必要となるでしょう。

 ハル先生の予測通りなら、絶望的な戦闘がこれから数日以内にこの地で発生します。

 対応を間違えれば……それこそ近い内に大国が消えるかもしれません。


「それじゃ、式神の視点を壁に投影するっすね」


 カヤがご機嫌な声で宣言すると、辛うじて残っている白壁に映像が浮かびました。

 丁度、宮殿入り口から入って来るところなようです。

 案内役は無し。これも『罠』の一環なのでしょう。

 人数は、大使二人とその護衛。右側が王国。左側が同盟のようです。

 王国の大使は五十代。落ち着かない感じです。護衛は六名。逆に同盟の大使は若いですね。多分、二十代かもしれません。護衛も一人とは。  

 へぇ……盗聴防止魔法も張られています。あの程度では無駄ですけど。


『で、ダンダロ殿は何か掴まれておられるのか?』

『いいえ。オセール殿は?』

『……こちらもだ。あの女が死んだのかどうかすら分からん』

『何があったのかも?』

『ああ。その点は貴国の方が強かろう? 貴殿の御実家ならばなおの事だ』

『んー確かに我が祖国はその手のことを、得手としてはおりますが……何せ、私は一族の落ちこぼれでして。本国に照会はしてみましたが、返答はありませんでした。お恥ずかしい限り』


 王国大使の姓がオセール。

 同盟大使は……大物だ。

 ダンドロ家と言えば、現同盟を纏め上げている傑物中の傑物、エンリコ・ダンドロの一族に列なる者な筈。


「おお! ダンドロとは」

「兄貴、知ってるんすか?」

「昔、大喧嘩したのである。危うく死にかけたのも、今となっては良い思い出であるな。あの時は『神剣』が気紛れを発して向こうにつくという幸運に恵まれてな、思いっきり手合わせをしたものである。小島を幾つか吹き飛ばし、何処ぞの半島の先を削った所で、当時はそれこそ魔王より怖かった姉弟子と『』を引き連れた師に止められた。いや、あの時ばかりは本気で涅槃ねはんが見えたのである」

「それ、今じゃ伝説になってるっすよ? 尾ひれついて。と言うか、『蒼盾』って誰っすか?? あちし、知らないんすけど」

「私もですぅ。そんな方いましたっけぇ?」 

「? ああ、そうであったな。おぬしらが知らぬのも無理はないのである。何しろあの者は全弟子の中で唯一」 


「―—無駄口を叩く猫は、三味線の材料にする。きちんと見ていろ」


「「!?」」

「く、口調がマジなのである。あ、相変わらず冗談が通じぬ姉弟子であるな」


 音もなく、気配もなく部屋に現れたのはエルミア姉でした。

 ラカン兄は気付いていたようですが、少し震えています。


「―—カヤ、サシャも気を抜かない。ハルは『敵』と言った。ならば、それを討つのは私達の務め。あの人に剣を抜かせたら駄目」

「は、はいっす」「は、はいぃ」 

「―—ん、いい子達。馬鹿猫。ハルが呼んでる。来い」

「ええー今からが楽しくなるところなのである。小難しい話は吾輩がおらずとも」

「―—いいから、来い。あと、誰が魔王?」

「…………了解なのである。だから、い、命だけは勘弁してほしいのであるっ」


 ガタガタ震えながらラカン兄が腕の中から飛び出し、窓から飛び出していきました。

 エルミア姉はそれを見て嘆息し、私達に向き直ります。



「―—二人共、よく見ておくといい。ここから先の言動で、一国の運命が決まるかもしれないから。それと、あの子の……『蒼盾』の名をハルの前で出しちゃ駄目。……とてもとても悲しむから」

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