第103話 八六合戦始末その一

 少年が叫び、白犬へ突撃していく。後ろからは、明らかに彼よりも年上の男女が続く。かなりの統制――うちの腕利き達と大差はないだろう。


「突っ立てないで~座って、座って。お茶くらいは出すからね~」


 魔女ルナが手招き。

 隣で呆れたように戦闘を見ているブルーノへ目配せし、椅子へ座った。前方には、精緻な魔法結界が幾重にも張られている。

 俺達の目の前に、お茶とお茶菓子が出現。


「その御菓子ねぇ~妹弟子が作ったの。お師匠直伝だから~帝都でも評判になる水準だよ。出してくれたのは~私の可愛い使い魔ちゃんね」

「……いただこう」 

「お、確かにこいつはうめぇな。で――魔女さんよ、俺達なんかに何の用だ? 俺もカールも、あんたとは比べるべくもねぇだろうが、これでもクランの団長なんだ。それなりに忙しいんだがな」

「ん~この前のお礼をしたかったのと……気になってるかなって。あの子のこと」


 ブルーノの質問に対して、魔女は薄っすらと笑みを浮かべつつ、白犬相手に、悪戦を続けている少年を指差した。

 ――確か、名は六波羅駒王丸良将ろくはらこまおうまるよしまさ


「俺達が話を聞いていいのだろうか? 『六波羅』と言えば、今や秋津州では禁忌の名だと……」

「カール君は~真面目さんだね。極東の~一国家の事情なんか知ったこっちゃないし、第一あの子はあれでもお師匠の教え子。君達は何処まで知ってるのかな~?」

「俺もカールも一般的な事までだ。『八幡』と『六波羅』は、表に裏に、約100年近く戦い続け『八六合戦はちろくかっせん』と言われていた。そして――十数年前、二人の大英雄が一族の長となった」

「一人は『大剣豪』八幡小太郎義光はちまんこたろうよしみつ。もう一人は『天下無双』六波羅不動丸良忠ろくはらふどうまるよしただ。この二人、個の実力も、一族としての力も互角。決着は中々つかなかったが……二年程前、秋津州中央部で行われた決戦の末、『八幡』が勝利を収めたと聞いている」


 魔女がティーカップを置いた。 

 左手の指を軽く鳴らすと――白犬の隣に今度は黒犬が出現。

 動揺する少年達へ、小首を傾げながら告げる。


「一頭に~手こずる君達が、南方に来てるっていう『大剣豪』の一族に挑むなんて死にに行くようなもんだよ? その子達を退けて~私に一太刀入れたら、許可してあげる。無理だけどね☆」

「「わふっ!」」


 二頭になった犬達が、大きな尻尾を振りながら答える。

 可愛いなりをしているが……纏っている魔力を見る限りどう考えても、『大迷宮』で今まで遭遇してきた階層ボスよりも強い。

 ……この魔女がすることなのだ。常識は捨てるべきなのだろう。


「あ~話の途中だったわね。うんうん~よく勉強しているね。合戦後なんだけどさ~『八幡』は、『六波羅』とそれに味方した諸将を執拗に狩ったんだよ。結果~『六波羅』の一族はほぼ全滅したんじゃないかな? 老若男女見境無し。ほんとっ~サムライって怖いよね。『国崩し』はそこらへん上手いから、南方へ逃げ延びたみたいだけど」

「……あれか? あの坊主は所謂、旧『六波羅』系の連中からすれば、希望の星であり」 

「『八幡』からすれば、是が非でも始末したい存在、ということか」

「正解~。それと~あの子が持っている刀。あれの銘は『旭虹きょっこう』。秋津州に伝わり、天下を担う者が管理する三大神具の一つなの。昔は『』だったけどね」

「「!」」


 白犬が口から熱線を吐き出し、必死で防御障壁を展開する『群東獅子』を薙ぎ払っていく。

 何とか、躱した前衛が距離を詰めようとするが、黒犬が咆哮。雷光が降り注ぎ、それを許さない。

 思わず額を抑える。同じような光景、見た気が……。

 耐えられなくなったのだろう、ブルーノも目を逸らし、魔女へ確認をする。

 

「つまり、だ。あの坊主が今、握りしめている刀は、秋津州という国を統治するに当たって本来は必要なもん、ってことだろうが? この前やって分かったが、あの坊主、弱くはねぇ……が、俺とカール相手に後れをとるようじゃ、何時か死ぬな」

「流石~ブルーノ君はお師匠が褒めてただけのことはあるわ。ま~だけどこういうのって理屈じゃないし。人それぞれだと思う~。妹弟子にね~アザミっていう子がいるんだけど、その子なんてもっと酷い事をされたけど、本格的には何もしていないし」

「……待て」

「ん~?」

「念の為、聞くが――そいつの異名は『東の魔女』と言うのではないだろうな?」

「お~よく知ってるわね」

「……ブルーノ」 

「ああ。魔女さんよ、そいつこの前、新しい『十傑』に座ったらしいぞ?」


 にこやかだった魔女の目が細くなる。

 な、何だ……周囲の気温が上がっていく。


「うん、知ってる。あの子の境遇には同情もしている。だけど……お師匠があそこまで甘やかすのは、納得はしてない。幾らだとしても――あら~少し話過ぎたかも。この事は~ひ・み・つ☆」

 

 今日一番の寒気。

 ここで『否』と答えれば、俺達など簡単に消し炭にされる――そう認めざるをえない程の圧迫感。

 お茶を飲み、軽く頷く。あの男の戦友、か。

 ――そうこうしている内に、絶望的な戦闘も終わりを告げたようだ。二頭の犬以外、少年を含め皆、地に伏して動かない。

 魔女が、再び指を鳴らした。


「っ!」「おいおい、嘘だろ!?」


 少年達全員へ、降り注ぐ見た事もない治癒魔法。

 呆然としつつも立ち上がっていく面々に、魔女が楽しそうに声をかけた。



「死なない限りは~私が治してあげる。だから~少しは本気の意地を見せて。そうじゃないと~次は私が直々に折檻――訓練しちゃうわよ☆」 

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