第94話 カヤ―2
兄貴はエルミア姉を視認すると、身体を震わせ両目を閉じられたっす。
「……最早、これまでなのである」
「あ、兄貴!?」
「―—ほぉ。珍しい。観念?」
くっ。左手の人差し指で、頬を突きながら小首を傾げるメイド擬き
って……あざといっ。あざと過ぎるっすよっ!
それにしても、兄貴がこんな簡単に諦め――両目をくわっと開き、戦闘態勢へ移行。大灯台が震えてるっす。
「―—む。何のつもり?」
「知れたことであるっ! 姉弟子の暴虐に虐げられて幾星霜。身体もこのように……もう、うんざりなのであるっ! 吾輩は……吾輩達はここに宣言するっ!! もうこれ以上、そんな似合っていないメイド服を着ている姉弟子なんかには従わないとっ!!!」
……ん?
今、『達』って言わなかったすっか??
エルミア姉は、兄貴の啖呵を聞くと小首を傾げられ、あちしに視線を向けてきたっす。
断固、違うっすっ! あ、あちしは、逆らおうなんてこれっぽっちも思ってないっす!! 信じてほしいっす。
あ、だけど。
「あ、あの~」
「―—何?」
「質問があるんすけど、兄貴、今回はそこまで怒られるような事はしてないと思うんすよ。ちょっと、地形を変えただけっすし。アザミの方が無茶苦茶やって」
「―—アザミ? あの子が来ている? ラカン」
「わ、吾輩も経緯は知らぬのであるっ。何やら『万鬼夜行』と因縁がある、あ」
「―—……有罪確定。カヤ」
「は、はいっすっ!」
普段、無表情なことが多いエルミア姉が微笑されてるっす。
……無理無理。無理っすっ。こ、こ、これは無理っす。
あ、兄貴には命を助けてもらった恩義もあるっすけど、肉壁にもならないっすよぉ。あ、兄貴、押さないで、押さないでっ。
「―—貴女は私の味方? そこの馬鹿猫の味方?」
「ははは。な、何を言ってるんすかぁ。不肖、このカヤ。エルミア姉の妹弟子っすよぉ」
「カ、カヤ!?」
「―—なら、こっちに来る」
「う、ういーすっ」
兄貴、申し訳ないっす……生きてくださいっす。
あちしが骨は拾います。
呆然としている猫を置いて、エルミア姉の方へ。
「―—さて」
「ま、負けぬっ。負けぬぞ」
「―—折檻。と、その前に。カヤ」
「は、はいっす」
「―—いい機会だから、教えておく。どうせこの馬鹿猫のことだから、きちんと教えてない筈。教えた?」
「…………男は小事には」
「―—ハルは自分が教えた子達に優しい。甘々。大概の事は許してくれる。昔、ラヴィーナが小国を幾つか潰した時も苦笑するだけだったし、『神剣』とグレンがやり合って某半島が抉れた時も、少しだけ怒ったけれど、困った顔をしただけ。ルナとハナの喧嘩で、某森林地帯全部が焼け野原になった時も同じ」
無視された兄貴の目が泳いでるっす。視線が交錯。
……い、今ので支援は無理っすよ。あちしでも全部は拾えないっす。
さらっと言ってるっすけど、全部実話だったんすね。
改めて認識したっす。兄弟子、姉弟子達に逆らうのは自殺行為と同義っすね。
エルミア姉はゆっくりと『遠かりし星月』を構えながら、続けたっす。
「―—だけど、ハルは私達が無謀な戦いをする事を許容しない」
「え? 兄貴はお師様から『好機必戦』の許可を貰ってるって。それにあちしも、『好きにしていい』って言われてるのを聞いたっすよ?」
「―—確かに。でも、それは白紙委任状じゃない。『十傑』やそれに準ずる相手と本気でやり合う羽目になった場合は、ハルか私へ連絡する約束になっている。カヤ、もしも貴女が『十傑』の誰かと、一人で真正面からどうしてもやり合う羽目になったらどうする?」
「今回は、単なる護衛任務で、しかも兄貴が一緒だからお姫さんの依頼を受けたっすけど、お師匠に相談――あ」
「―—そういう事。この馬鹿猫は『国崩し』『万鬼夜行』『覇王武祭』、病が軽かったら『四剣四槍』とも、同時にやり合うつもりだった。だから、さっきハルの時空魔法を見て逃げた。レーベの感知から完璧に逃げたのも露骨すぎ。自分で後ろめたいと思っている証拠」
「!? い、いや、でも兄貴はアザミが来る事を予測して、戦闘を」
「―—後で詳しく聞く、戦前はこう考えていた筈。『アザミの魔法で雑魚共を一掃。美味しいところだけ吾輩が貰うのであるっ!』。出来なかったのは、アザミの実力が」
「……くく……くっくっくっ……バレてしまってはぁ、仕方ないのであるぅ」
黙ってエルミア姉に話を聞いていた兄貴が、悪い声を出そうとしてるっす。
全然、似合ってない……むしろ……。
右手を突きつけ、決めポーズ。すっごく可愛らしいっす!
「過保護なのであるっ! もっと戦いたいのであるっ! 『飛虎将』殿との一戦も邪魔され決着がつかず、『大剣豪』に挑もうとするも止められ……吾輩、欲求不満なのであるっ。アザミは『万鬼夜行』とやりあい、此度の一件で『国崩し』、ひいては『覇王武祭』をも敵にした。羨―—罰せられるなら、あ奴も同罪であるっ」
「あ、兄貴、アザミは……」
「―—……ラカン、忘れた? あの子には、秋津洲の主だった連中を皆殺しにする権利がある。そうしてないのは、ハルの言い付けを守っているから。今回も必ず理由がある。さて、御託はもういい?」
エルミア姉が魔銃で兄貴へ向けたっす。
―—始まる。
そう思った時、御二人の表情が変わり同じ方向を見られ、エルミア姉が私の首筋を持って兄貴へ放り投げたっす。へっ?
「――馬鹿猫。落とすな。急ぐ」
「誰に物を言ってるのであるかっ。吾輩が可愛い妹弟子を落とす筈がなかろうっ! 急ぐのである……宮殿で異変だっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます