第93話 カヤ―1
「! 兄貴、兄貴。式神が消えたっすよ!!」
「むにゃむにゃ……もう、食べれないのである……」
「…………」
ちょっ!? 自分から「げげ厳重監視を継続するのである! 師だけならいざ知らず、あの幼女と姉弟子は本気で洒落にならぬ。捕まれば……死……わ、吾輩、まだ死にたくないのであるぅぅぅ」とか言って、巻き込んでおいて、自分は優雅にあちしの膝を枕にして昼寝っすか!?
しかも、それ私のお昼ご飯っすよ!
はぁ……ったく、どうして自分はこんな人に付き合ってるんすかねぇ。ふふ、寝顔が可愛いっす。あー潮風も気持ちいいっすねぇ。
―—突然の巨大な時空魔法を感知した兄貴の行動は迅速だったっす。
『むぅぅぅ! よ、よもや、もうバレたのであるかっ!? カ、カヤ、対師・姉弟子用退避行動甲案、発動なのであるっ!』
兄貴は基本アレな猫っすけど、実力は本物。エルミア姉に散々折檻された経験を活かした退避行動甲案は、あちしの目から見ても念には念を入れたものだったっす。
時空魔法を感知した後、式神複数による遠方から監視を行い、『視界を繋ぐ』事で、お師匠とエルミア姉、サシャさんとおそらく御姫さんの御身内と幼女を視認。
その後、完全に魔力を遮断したっすけど、式神による監視はバレずに継続出来たっす。
勿論、あちし達が隠れている場所を万が一にも逆探されないよう、式神による中継は七段階に分けてるっすから、安全っす。
ところで……あの幼女、なんなんすかね? 正直、下手な真龍より強いと思うんですけど。
まぁ、お師様が連れてる幼女っすから、気にしても無駄っすね。
――案の定、用事は御姫さん関係だったんすけど、エルミア姉の姿が消え、その後、入り込ませていた式神数体の視界が突然途絶。
これは、かなり嫌な予感がするんすけど。
膝上の頭をなでなで。なでなで。なでなで。
……別に報せなくてもいいような気がしてきたっす。
お師様もエルミア姉も、『十傑』とぶつかった事を謝れば許して――兄貴の何時も触りたいと思ってる髭が動いて、その直後、跳躍して空中で一回転して、椅子の上に着地。相変わらず、絵になるっすねぇ。
「あ、おはよーございます、兄貴。夕飯はまだっすよ?」
「むぅ! そうかそれは残念……ではないっ!! カ、カヤ、どどどどうして、すぐに起こさなかったであるか!?」
「だって」
……兄貴の寝顔を見るのが好きなんすもん。仕方ないっすよ。これでも、うら若き乙女っすから。
そんなこっちの気持ちも知らず、兄貴は椅子の上であわあわ。猫が二足歩行しながら、足をバタバタしてるのは何かいいすっね!
「だっても何もないのであるっ! い、急ぐぞっ! 早く逃げねばっ!!」
「? 宮殿内の式神は潰されたっすけど、まだバレてないっすよ? えーっと……エルミア姉はっと――あ、宮殿の尖塔の一番上にいるっすね」
右目を瞑って一番近くの式神―—蝶に擬態させてるっす――の視界を確認。
長銃を抱えて目を閉じてるその姿は……嫉妬する位、綺麗っす。
似合わないメイド服と、子供っぽい麦藁帽子でああなんすから、ちゃんとしたらきっと……あちしもあれ位ならちょっとは兄貴も。
「うぐぐ……ほ、本格的にマズイのであるっ。袋の鼠ならぬ袋の猫とはこの事かっ! 甘く見たのであるっっ!!」
「兄貴、袋に入るの好きっすもんね」
「うむっ! あれは良い物――カヤ!!!!」
「……へっ?」
兄貴が突然、私を抱きしめてきたっす。支えきれず、そのまま置いてあるベッドへ転倒。
えええ、あのその、えっと……初めてっすから、やややや優しくしてほしいっす――直後、右目で見ていた各式神の映像が全て消失。兄貴とあちしがさっきまで座っていた椅子が――音もなく射抜かれたっす。
確かに痕はついているのに、動きもしなかったんすけど、こ、これって?
「あ、相変わらず出鱈目なのである。この程度の都市であれば何処にいようと有効射程内か! カヤ、ここは危険なのである。最早、我等は印を付けられた。隠れても無駄なのであるっ! かくなる上は……打って出る他無しっ!」
「あ、兄貴? こ、これって、エルミア姉の攻撃なんすか?? え? ど、どうやって!? 宮殿から、ここまでどれだけ離れてると思って……」
「……そうか、カヤはあの姉弟子の本気を見た事はなかったのであるな。すまぬ。ちゃんと伝えなかった吾輩の失態だ。よいか。あの姉弟子の異名は『千射』と伝わっているが――本当はもう二つあるのだ」
「ふ、二つっすか?」
それは初耳っす。
エルミア姉は、あちしがお師様に弟子入りした時点で、もう現役は引退済み。本格的戦闘自体も見る機会もなかったすからね。
ただ、兄貴や他の兄弟子、姉弟子の皆さんは、揃って畏怖されているのは見てたっすから、とんでもないという認識は持ってたんすけど。
「案の定、二射目が来ぬな。くっ……無条件降伏要求かっ。お、おのれぇぇ、師と一緒だからといって、ええカッコしいな姉弟子めっ!」
「あ、兄貴。エルミア姉の異名って?」
「う、うむ。今でこそ『千射』の異名で通っているが、あれはあくまでも『千射夜話』が有名になってからのものだ。本来の異名は」
「―—随分と余裕をかましている。幾ら可愛い妹弟子の前だからといっても、私は一切手加減をしない。弟弟子の仕出かした事の始末はつける。カヤ、元気?」
「「!?」」
私達が潜んでいたのは、アレキサンドリアの大灯台の一室。出入口になっていたのは風取口――そこに深々と麦藁帽子を被り長銃を持ったメイド擬きが淡々とした口調で、悠然と佇んでいたっす。
……いや、さっきまで宮殿にいたっすよね? だから、ここまでどれだけ距離があると。いや、それよりも何よりも、これ、もしかしなくても詰みっすか?
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