第92話 サシャ―4
「―—へっ? …………な、なななな何を言っているのだ、貴様はっ!!?」
ルゼさんは、一瞬、呆けた表情をしていましたが、言葉の意味を理解されると、両手で自分の身体を抱きしめ、大声を出されました。
外から「姉様!?」「ルゼ姉様?」という声がします。
ハル先生は相変わらず、悪戯が成功した子供のように微笑まれています。
変な意味ならすぐさま守りに入る筈の、イシス、ネフティスと呼ばれた少女達は沈黙。つまりそういうことのようです。
「大丈夫ですぅ~何でもないですからぁ~」
「なっ!? き、貴様……」
恨めし気に見てくる美女がいますが無視します。
よくよく見て見ればこの人、痩せてはいますが身体の一部分が……自分の胸を見ます。敵ですね。間違いなく敵です。
……別に悲しくなんかありません。私は育ち盛り。勝負はこれからなのですから。ルナ姉やハナ姉みたいに、小さな事では争わないのです。
「ごめんごめん。こういう事に耐性がなさそうだからつい、ね」
「……私の身体が治ったら、真っ先に貴様の首を落としてやる」
「それは怖い。だけど少し触診はしたいな。背中を触っていいかい?」
「…………イシス、ネフティス」
「……必要行為」
「……忌々しいが、その男なら主の病、何とか出来るかもしれぬ」
「……うぅ。い、いいか? ぜ、絶対、この事はここだけの話だぞ? わ、私は、まだ嫁入り前なんだからな? 私の肌に触れていいのは、将来の、お、夫になる者だけなんだからな!」
「なら、サシャにさせようか? それなら問題ないだろうし」
「……え?」
「ふふ、嘘だよ。僕じゃないと分からないだろうからね」
「き、貴様ぁ」
「ほら、早く背中を見せておくれ」
「……イシス、ネフティス、すまないが手伝ってくれ。い、いいか! 良い、と言うまで、貴様は後ろを向いていろっ。振り向いたら殺してやるからな」
「分かったよ」
ハル先生が後ろを向かれました。
それを恨めし気に見ていたルゼさんが、ベッドの上で身体を動かされます。
ああ、そうですね。こっちの大陸の服は上下一体だから結局、一度全部……ぐぐぐ……な、何ですか、あの男性無差別誘惑兵器は? どうすれば、あんなに形を保ちながら大きく!? 病気のせいで痩せていますが信じられない位に均整がとれています。
綺麗で、女性的な身体つきで、強くて、社会的地位まで持っていて、可愛げがあるなんて……神様、そんなに戦争をしたいのですか? いいでしょう。泣いたって許してなんか――はっ! い、いけません。暗黒面に堕ちるところでした。
服を脱ぐのを興味深そうに見ていたレーベが楽しそうな声を出します。
「お姫様。おっぱいとおしり、おっきい!」
「ば、バカ! そ、そんな事言うなぁ!」
「マスター、マスター」
「だ、だからぁ」
「当然、聞こえてるけどね」
「イシス、ネフティス、そいつの息の根を止めろっ!」
「不可能」
「主、すまぬ。我等では、その生まれたての怪物にも勝てぬ」
「ぬぅぅぅ……」
「? お姫様、変なのついてる?」
レーベが小首を傾げています。
……何も見えません。魔力の流れも特段、変わったところはないようです。
胸に布を巻いた、ルゼさんがハル先生に声をかけられます。
「……もういいぞ」
「そうかい――ほぉ」
「あ、余り、しげしげと見るな、この慮外者め。と、とっとと済ませろっ!」
「―—サシャ」
「は、はいぃ」
「今から、レーベと僕とで結界をかける。君は全魔力を探知に回しておくれ。外からの干渉や盗聴を全て排除したい」
「―—了解です」
「ありがとう。……ルゼ」
「な、なんだ」
「他の『意思ある剣』『意思ある槍』は、そこの子達かい?」
ベットの脇に立てかけられている剣と槍を指さされました。
数は合計で剣と槍が、各三本ずつです。
「……そうだ。もう顕現は不可能だがな」
「ありがとう。最後に――君は僕を信じるかい?」
「何を今更。私はもう少しで死ぬ。生きる為にこういう大博打をしても構いはしまい。ましてそれが……『黒禍』相手ならば尚更だ」
「……本当に君は聡いね。それじゃ仕方ない、助けようじゃないか」
「そうだ助けろ。……もし、本当にこの病を癒してくれたら、何でも好きな物をくれてやる」
「楽しみにしておくよ」
『黒禍』?
確か、それは女神教の聖典に出て来る腐りきった世界を一度滅ぼす事に多大な貢献をなし、その後、女神と共に今の世界を再生させた人間達の一人だった筈。
でも、彼は結局、神と龍と悪魔と人達全てから危険視され殺されてしまう。しかも、信頼していた仲間達から裏切られて。
殺される時、彼は世界と人とを呪いながら死んだと書かれていた筈です
……ハル先生と全然、一致しません。なのに。
長杖に戻ったレーベの石突の音が部屋全体に響き。見た事もない漆黒の結界が部屋を包んでいきます。いけません。私も、自分の役割に集中しないと。
ルゼさんの身体に七色の魔法が発動。顔が驚愕に染まりました。
「多少、痛みを緩和したよ。動ける筈だ。背中を見せておくれ」
「あ、ああ。い、いいか? へ、変な事するなよ? したら、責任を取ってもらうからなっ!」
「うん? 君を貰えばいいのかな? 別に構わないけど」
「へっ?」
「冗談だよ」
「~~~~~~っっっ!!!! と、とっとと、しろっ!」
「ふふ、本当に楽しい子だね。さて」
ハル先生が、背中を触られます。「ひぅ」「やっ……そ、そこは……」「やぁぁ……」「あっあっ」「ん……」。
……何でしょう。聞いててとっても恥ずかしいです。レーベの教育に良く「当然、今は遮断してるよ」流石です。
―—暫くして、息も絶え絶えのルゼさんがベッドに横たわりました。
ハル先生は深刻そうな顔で思案されています。
「はぁはぁ……どう、な、のだ……?」
「―—結論から言おうか。ルゼ、君はもう手遅れだ。このままじゃ間違いなく死ぬ。それは病じゃない。呪詛だ。しかも、とびきり厄介な。いい度胸だ。本当に、本当に、本当にっ! いい度胸をしているよ。そうまでして、世界なんてくだらないモノが欲しいなんて。……人は、どうやら何処までいっても所詮、人らしい」
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