第91話 サシャ―3

「姉様、ルピアです」

「……ああ、分かっている。お客人と一緒に入れ」

 

 白布に遮られている部屋の中から、若い女性の声がしました。

 ルピアさんとルビーさんに促され中へ入ると、置かれていたのは大きなベッド。痩せた女性が力なく横たわっています。

 その脇には一人ずつ肌が恐ろしく白い少女が彼女を守るように立ち、私達を鋭い眼光で睨みつけ――レーベとハル先生を見た途端、臨戦態勢に入りました。

 決死の形相を浮かべ、立ち塞がります。


「世界樹! 真龍! 宝珠!」

「嗚呼、どうして……主、時を少しだけ稼ぐ。どうかどうか、逃げておくれ」

「何か勘違いしているようだけれどは、君等の敵じゃないよ。―—久方ぶり、と言うべきかな。イシス、ネフティス」

「マスター、敵?」

「違うよ。この子達はレーベのお姉ちゃん達かな?」

「お姉ちゃん?」

「うん。そうだよ」

「~~~♪」


 レーベはその言葉を聞くと、尻尾を振りながら、イシス、ネフティスと呼ばれた二人の少女に突進。すぐさま遊び始めました。

 ……あれ、今、エルミア姉の歩法を使ったような。き、気のせいですよね。うん、きっと、気のせいです。

 ハル先生は、ベッドに近寄っていきます。


「だ、駄目っ! ひぃ」

「あ、主よ。その男には……その男だけには関わっては駄目だっ! その男は、かつて世界をたった独りで、きゃっ」

「すべすべ~♪」


 少女達は必死にレーベの拘束から逃れようとしていますが、無理ですね。私もやられたから分かりますが……。


「……すまないが、手を貸してくれ」 

 

 慌てて駆け寄ったルピアさんとルビーさんに支えられ女性が上半身を起こしました。『世界最強』の一角、と謳われたとは思えない程に、やせ細っています。

 ……これはもう。


「お前が、私の死神か? まだ命をくれてやるわけにはいかないが」

「人の命を狩る趣味はないね。僕の名はハル。しがない育成者だよ」

「ルゼだ」

「ルゼ姉様、ハル殿から『刃』を譲っていただいのです。また、類稀な魔法士でもあられます。姉様の身体の事も、御分かりになるのでは、と」

「ルビー……いや、ありがとう。ルピア」

「はいっ!」

「この者と話がしたい。お前達は下がっていてくれ」

「ルゼ姉様、それは」

「頼む」

「……分かりました。外におります。ルビー」

「え? あ、はい」


 二人が出て行かれると、ルゼさんは陶製の枕で身体を支えられました。

 遊び終えたレーベがハルさんの隣から顔を出します。


「マスター、御姫様?」

「そうだね」

「くく……姫なぞと呼ばれたのは、それこそ幼少時代くらいだ。イシス、ネフティス、私が仮に万全だったなら、この男とこの女児に勝てるか?」 

「…………」

「……死力を尽くし、かつありとあらゆる手を使えば、主の刃ならば必ずや」

「そうか。惜しい、惜しいな。一人の武人として、お前と立ち会ってみたかったが……どうやらそれは叶わぬ夢のようだ。ハルと言ったな、ルビーの件は一応感謝する。……随分と余計な事をしてくれたな」

「たとえ滅んでも彼女だけは生かそうとした――そういう回りくどい愛情は余り好きじゃないんだ。『人はもっと素直であるべきよ。まして、それが近しい人相手なら尚更』、というのを亡き友がよく口にしていてね」

「六英雄が一人『勇者』アキ」

「へぇ、よく知ってるね。今時の女の子にしては珍しい」 


 六英雄。かつて世界を救った大英雄にして、同時に世界を滅ぼしかけた大罪人。

 けれど、何があったのを知る人は殆どいません。

 おそらく、私達の中でも『世界の真実』を知っているのは、最古参組と、ルナ姉とグレン兄位でしょうか。

 ハル先生は、私達へ何でも教えてくれますが、『大崩壊』前後の話をしてもらった記憶はありません。……エルミア姉が私達を止めていますし。


「で、何の用なのだ。止めを刺しにでもきたのか? もう少しで死ぬが」

「まさか。世界の均衡を考えれば君には、当分生きていてもらいたいね。平和が一番だよ。僕の教え子が迷惑をかけている気がしたのと―—確かめにきたんだ」

「確かめに、だと?」

「うん。その前に一つだけ。ルゼさん」

「呼び捨てで構わん。俗世の立場など気にするような輩ではなかろう?」

「なら、ルゼ。君は――本当にこれからも生きたいのかな?」 

「……何?」


 ルゼさんの目が細くなり、殺気が滲みます。懐から煌めく物が見えました。

 咄嗟に、ハル先生の前へ回り込み魔法を瞬間展開。十数張った魔法障壁を、が貫き、残り数枚で止まります。

 ……嘘ですよね。この障壁、特級悪魔の攻撃も封殺したんですよ?

 もう死にかけなのに、この威力とは。

 頭の上に温かい手。

 

「サシャ、大丈夫だよ。ありがとう。図星を突かれたからって、乱暴するのはよくないね」

「はぃ~……」

「う、五月蠅いっ! ……所詮、私は馬鹿なのだ。剣と槍を振るう事しか脳がないのに幼くして国を任され、それ以来十数年、戦場を駆けてきた。結果、国は栄えたが……私の欲は満たされなかった。挙句、一年前から謎の病。極東からやって来た下衆な男と狂った女の罠にかかり、多くの兵を喪い、今やこのざま。……万全に戻れない以上、私が目指した武の極致には到達出来ず、かつ私が死ねばこの国も亡ぶだろう。ならば、先に死ぬしかないだろうが。違うか?」

「―—違うね。人はたとえ、それが一見絶望的な路であっても、可能性があるならば最後の最後まであがくべきだ。そういう無理無茶を通す人間がいたからこそ、人の世はここまで続いてきた。君は少なくとも戦場から逃げる人じゃないだろう? 『四剣四槍』殿」

「…………なら、どうにかしろ」


 不貞腐れた表情になったルゼさんが、ハル先生を見つめます。あれ? この人、もしかして、サクラと同年代??



「うん、どうにかしようじゃないか。取りあえず――服を脱いでおくれ」

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