第95話 カヤ―3
宮殿まではあっという間だったっす。
兄貴の凄さは毎度のことなので、これ位じゃ驚かないっすけど……。
「……兄貴に先行するエルミア姉って。よ、世の中の色々なものが崩壊してる気がするんすけど。『射手』っすよねっ!?」
「……カヤ、それ以上は駄目なのである。何事も命あっての物種なのである」
「―—二人とも五月蠅い。初手から全力準備」
初めて聞く緊張に満ちた声色。兄貴の目にも警戒と喜色の色。
眼下に広がる半壊した宮殿と黒煙。
大理石が敷き詰められている中央の広場に降り立ち、全力で式神を展開。
お師様は――いたっすっ! 複数の何かと戦闘中。速過ぎて、あちしの目じゃ追えないっすね。
だけど。
「戦闘中っすっ! こっちに誘導してるみたいっすっ!」
「―—了解。カヤ、貴女は後衛専念。ラカン」
「おうっ! この気配……滾る、滾るのであるぅぅ!! よもや、師の『黒帝結界』を破る相手とやり合う機会を得られようとはっ!」
「―—……つまり、それだけの相手という事。来るっ!」
エルミア姉が叫び、発砲。
広場へ何かを抱えながら飛び込んできた男性――お師様と、あれは、確かサシャっすかね――が飛び込ん出来たっす。追いかけて来る数体の赤黒い影。
魔弾が一瞬で、数千に分かれ相手へ降り注ぎ、出入り口近辺一帯全てを破損。粉塵が巻き上がったす。
……これ普通の相手だったら、もうこの時点で終わってるんすけどね。
お師様はサシャを降ろしながら、何時もの通り穏やかな口調で私達に声をかけてきたっす。
「もう戻ってきたのかい。ラカン、カヤ、久しぶりだね」
「―—ハル、説……」
エルミア姉が黙り込み、お師様へ近付いていくっす。
震える手で頬に触れ、傷に対してとんでもない量の治癒魔法を展開。
流石にそれは過剰な気が……でも、お師様が血を流されてるの、初めて見たっすね……。
兄貴? どうしたんすか。そんなに険しい目をして。
「エルミア、ありがとう。大丈夫だよ。掠り傷だからね」
「―—……誰につけられたの? どういう事なの? 私がいない間に戦っちゃ駄目っ!!」
「残念だけど、そういう訳にもいかなくてね……少々、彼を舐めてたよ。仮にもあの『全知』の名を継いだだけの事はある。あの呪詛といい。下手すると、ここまで計画通りかもだ」
「―—どういう?」
「来るのであるっ!!」
兄貴の警告。こんなに真剣な声も、初めて聞いたっす。
粉塵を切り裂き殺到してきたのは――剣と槍を持った六人の白い少女達。
この子達……お姫様の『意思ある武器』達っすかっ!?
だけど、この感じ……とんでもなく邪悪っす。目も赤く濁ってて……あちしの故郷を襲って滅ぼした化け物なんかよりも、ずっと!
「むぅぅぅ! 三体は引き受けるのであるっ!」
「―—六体全てやれ」
「無体なのであるっっ!?」
と、言いながら満面の笑みを浮かべ、兄貴が三体と交戦開始。残り三体はエルミア姉が再び放った『千射』で止められたっす。
剣の腹を殴り軌道を変え、槍の突きを躱し、最後の一体に必殺の拳が――『赤黒い盾』によって防がれ、嫌な音を立てて砕けたっす。
顔色も変えず、兄貴が急速後退。エルミア姉の射撃と、あちしの紙吹雪、サシャの攻撃魔法によって、一時的に六体を拘束。
……何なんすか、あの『盾』。
兄貴は回復しながら呻いたっす。
「ぬぅ! 師よ、こ奴らは!」
「……こうなっては仕方ないね。エルミア、ラカン……少し、本気でやる。彼女は殺すな」
「……了解した」
「―—意見具申」
「何だ」
「―—ラヴィーナ、ルナの召喚」
「駄目だ。やり過ぎる」
「―—なら、グレン」
「もっとやり過ぎる。前衛はラカンと俺。エルミアは適宜支援。サシャ、カヤ」
「「は、はいっ!」」
髪をかき上げ後ろに結び、右手に美しい刀。左手に長杖を持ったお師様の声に、思わず背筋が伸びるっす。
……え。いや、何時も優しくて大好きっすけど。
こ、こんなにカッコよくなるの反則じゃないっすかっ!? 隣のサシャもどうやら同じ感じみたいっすし。
「俺が敗れそうになったら、何も考えず即座に逃げろ。今回の相手は厄介だ。『過去』における最強と『未来』における最強が合わさっている。当然、エルミアとラカンも同様」
「「断固拒否!!」」
「とまぁ、この困った子等は言っても聞かない頑固者だから、付き合ってもらう。が、お前達はまだ若い。こんな酔狂な事に付き合うな」
……何すか、ソレ。
そりゃ、あちし達は、兄貴達よりもお師様と出会って短いっすけど、
でもっ!!
アイテム袋から、『禁』と書かれている文箱を取り出し、解放。
故郷、秋津洲の大妖『
サシャも、見た事もない魔法陣を展開。数個の特級魔法を紡いでるっす。
――どうっすかっ!!!!
「はぁ……皆、誰に似たんだか。けれど――真にありがとう。さ、御大のお出ましだ。ラカン、まずは受けてみるか?」
お師様が、額に片手を置かれながら嘆息。あちし達はニヤニヤ。極大の寒気。
――先程、エルミア姉が散々に破壊した通路の残骸を切り裂く斬撃。
兄貴が飛び出し、全力の正拳突きと激突!
「ぬぅぅぅぅぅぅぅおおおおおおっ!!!!!!」
周囲の大理石を破損させつつも、拮抗。
――緋色が疾走。兄貴に迫る影。『千射』を身体能力だけで突破するんすかっ!?
広場全体を揺るがす衝撃。
お師様の美しい刀と、禍々しい緋色に染まっている剣と長槍とが激突。
本来茶赤の筈の髪は深紅に染まり、額にも光り輝く深紅の文字。目も同色で濁ってるすね……こ、この人が、相手なんすかっ!?
「……困った。強い。『魔神』の呪詛効果を打ち消す為に、心臓へ埋め込んだ『女神の涙』がその残滓と反応して意識を奪い、しかも限界まで潜在能力を引き出している。呪詛は消えてくれたが手加減は無理だ。このままだと……この子を依り代に『魔神』が顕現する。死んでも恨んでくれるなよっ! 『四剣四槍』!」
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