第88話 タバサ―11
ハルさんが話し終わられると、ルビーさんはレーベの障壁によって壊れた剣と槍を床に落としました。金属音が響きます。
「……あ、貴方は何者、なのだ? 先程、しがない育成者などと名乗っていたが、そんな筈はない! 第一、今の言いようでは『神剣』『天騎士』『星落』『天魔士』は貴方の」
「教え子ではあるね。ただ、もう皆とっくの昔に僕なんか超えているよ」
「……世界最強『十傑』の内、四人の師、だと? 何の冗談なのだ、それは。やる気になれば、世界相手に戦争すら出来るではないか!?」
「大袈裟だね。……世界とはそんなに生易しいものじゃない。いや、むしろ人は、と言うべきか。如何なる絶対的個であろうとも、少なくとも今の『十傑』の子達では単独で世界とは戦えない。戦えたとしても待っているのは無残な敗死だろうね。それが四人になったところで結果は一緒さ」
ハルさんは何でもないように答えられていますが、ピオさんはさっきから再硬直中。ガナハルさんも心なしか蒼褪められています。
そして、ルビーさんは顔を両手で覆ってしまいました。
「それで、『四剣四槍』——ルゼ殿と呼ばしてもらおうか。病状は?」
「……悪い。だが、姉上は戦われるのを止めない。その結果、病状は悪化の一途を辿っている。四剣四槍の内、既に半数が喪われた。否……あるにはあるのだ。だが、あれらの武具は生きている。その主が力を喪えば持つ事さえ敵わない」
「なるほど。フォル」
「なんじゃい」
「『意志ある剣』作れるようになったかい?」
「……なる筈がなかろうがっ。そんな風になっておるなら、儂は当の昔に『大陸随一』を自称しておるわ」
「ふむ。それじゃ仕方ない。タバサ、ピオ」
「「は、はい!」」
「予定を変更しよう。そう言えば聞きそびれていたけれど、『刃』と言うのは、杖の台座用に使うんだよね?」
「そうじゃ。儂と七人の工房長、八人がかりで八本の刃を打ち、それを組み合わせ宝珠を載せる『台座』と成す。細工等も考えてはみたが……やはり、儂らは鍛冶屋じゃからの。これが一番良いと判断した」
なるほど。ハルさんが今、作られようとしている杖は普通のそれではありません。私の『眼』からは、今もまるで生きているように脈動していますし……。
多分、その刃もすんなりと取り込むと思います。
だけど、予定変更、ということは。
「材料は全部出すから、もう八本――いや、十六本依頼をかけるよ。打ってあるのは何本なんだい?」
「四本じゃ。それは構わぬが……ハルよ、よもや行くのか?」
「話を聞いてしまったしね。嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感じゃと?」
「うん。これが単なるぶつかり合いなら良いんだけどね。どうも気にかかる。『十傑』に入る子達はちょっとやそっとじゃ死なないんだよ。まして、病気? あり得ない。しかも、ルゼ殿は前衛職じゃないか。どうやって殺すのさ? この一件……非常にきな臭い」
「どういう事、だろうか?」
「――『呪殺』じゃないかな。しかも世界最強の一角を瀕死にさせる程、凶悪な」
全員が絶句しました。南方大陸を代表する大英雄を殺す呪い?
そんなものが世界に存在していると? でも、誰がかけて??
「ルビー」
「……何だろうか」
「言っておくけれど、僕は戦争に興味がない。故に直接戦闘に参加するつもりはない。だけど、君の話を確かめたいとも思っている。そこでだ――取引をしよう」
「取引だと?」
「僕は南方大陸にも教え子がいてね。その子達を何時か訪ねたいと思っていたんだ。けれど、土地勘がない。案内をしてくれるなら四本の刃を譲ろう」
「本当か!」
「本当だよ。そちらの許可が出るならルゼ殿の病状を確認してもいい」
「!!?」
「タバサ、ピオ。そういう事だから、僕は少し南方へ行ってくるよ。おそらく、台座が完成するまで――二週間、といったところかな?」
「舐められたものじゃのぉ。十日で何とかしてみせるわぃ!」
「流石は大工房長。助かるよ。すぐ帰ってくるつもりだけれど……きっとそうもいかないと思う。よく、作業を見学して学んでおくれ。僕が帰って来なかったら、先に学術都市へ向かってほしい。そろそろ、ハナ達もやって来る筈だ」
「ハルさん御一人で行かれるんですか?」
「と、レーベ!」
レーベがハルさんの膝上で元気よく手を挙げた。
遥か南の地へ赴くというのに、二人には悲壮感なんてものはまるでない。実際、問題なんてないのだろう。……でも。だけど!
「——反対です。少なくとも、どなたかをお連れすべきだと思います。私は足手まといですけど、レベッカさん達と合流されてから動く方が。せめて、エルミアを呼んでください! 幾らハルさんでも、そんな怪物達が争っている土地に御二人で行かれるなんて、駄目ですっ。ぜっったいに駄目ですっ!」
「タバサ?」
「ほぉ……お嬢ちゃん、弟子っぽくなってきたのぉ。どうする、ハルよ? 確かに理があると、儂は思うがのぉ」
「……ふふ、こうやってすぐに追い抜かれて行くのさ。君だって、その内、ガナハルから似たような事を言われるんだよ、きっとね」
「はんっ! 儂はまだまだ追いつかれはせぬわ。で、どうするのじゃ?」
「そうだねぇ」
ハルさんは何時もの穏やかな笑みを浮かべられたまま、私の頭を撫でます。う~くすぐったいです。でも……とっても落ち着きます。
「最年少の弟子に叱られてしまったからね。大人しく――あの子を呼ぶさ」
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