第86話 タバサ―9

 ハルさんが『四剣四槍』という単語を出した瞬間、女性の身体が跳躍。

 距離を取って、右手に槍。左手に片刃の剣を構えました。

 その表情には強い警戒の色。額の彫り物が赤く発光しています。


「貴様は何者だ! その黒髪……『国崩し』と『万鬼夜行』の手の者か!!!」

「……何だって? 『万鬼夜行』が南方にいるのかい?」

「しらばっくれるなっ! 『四剣四槍』に自分単独では勝ち目がないからといって

『八幡』に敗れたあの怪物を、そしてあの傭兵団を呼び寄せたのは――」

「あ~嬢ちゃん。そいつは儂の旧友だ。無関係よ」

「!?」

「そうだね。少し、驚かせてしまったみたいだ。申し訳ない」

「え、あの……ごめんなさい……」


 額の発光が止み、女性が椅子に力なく座りました。

 それにしても――知らない単語が飛び交っています。

 えーっと……確か、『八幡』は極東、秋津洲皇国の守護神を自認している一族の名前だった筈です。

 『四剣四槍』は南方大陸において、ここ数年、名を轟かせている若き大英雄。自由都市同盟がバックにいると言われていたような……。

 残りの二つは~。ああ、こういう時にニーナがいれば!

 私が頭を抱えていると、ピオさんが口を開きました。


「……ハル様、その『万鬼夜行』とは、極東における伝説の怪物の名ではないのですか?」

「怪物には違いないね。『八幡』が百年かかっても討伐出来ていないから」

「ひゃくっ……人、なのですか?」

「あんな、あんなモノが人であってたまるかっ!! あいつは、あいつが通った後は……地獄だ……」

「……ふむ。フォル、少し彼女と話をしたいんだけど良いかな? ああ、先に杖は渡しておくよ。残りは」


 ハルさんが指で合図をされます。

 『女神の涙』をこの場で見せるわけにはいかない、と。

 何もない空間から布に包まれた短杖が二本出現。フォルさんの手に渡ります。

 女性とガナハルさんは呆然。ピオさんはどうやら慣れてきたようです。


「む……ハルよ、依頼は一本だった筈じゃが?」

「そうだね。後で見れば分かると思う。一本が依頼分だよ。もう一本は――そちらのやる気次第かな」

「……ほぉ。敢えて聞くが」

「うん」

「誰用じゃ?」

「うちの次女用だよ。珍しくおねだりされてね。『ハナだけ~はズルい、かな?』ってね。杖の土台は僕が再加工しておいた。依頼分に比べれば幾分落ちると思う」

「受けた!!」

「親父!?」

「ガナハル、大至急、工房長達を集めよ! 滾る、滾るぞぉぉぉ!!! このフォル・ファルシオン、齢300をとうに超えたが……よもや、このような大仕事を二つ同時に請け負う時がこようとは! 長生きはするもんじゃのぉ」

「ま、待ってくれっ! どうして、そいつの依頼はすぐ受けて、私の依頼はうけてくれないっ!? 鉱山都市は、依怙贔屓をしない筈だ!」


 女性が悲鳴をあげられました。

 ……どうやら、相当訳ありみたいですね。

 フォルさんが話しかけます。


「嬢ちゃん、悪いがこやつは先客じゃ。ハルが、ほれ、八本の刃の依頼主よ」

「なっ!? ……では、改めて貴方にお願いしよう。我が名はルビー。アレクサンドリア王国が大英雄『四剣四槍』ルゼが末妹だ。お願いする。どうか、現在、この都市で作成されている刃の内半数を、私に譲ってくれないだろうか?」

「理由を聞かせてもらえるかな?」

「……それは」

「素直に話した方が良いぞ。良くも悪くも……状況を動かしてくれるからの」

「フォル?」

「おっと、口が滑ったわい。おお、そう言えばそこにいるのはタバサとレーベかの? 儂を覚えてくれておるか?」

「勿論です」

「ん、フォル」

「おぅおぅ。可愛いのぉ。うちの息子は、ズボラなせいか未だ孫も見せてくれんからのぉ……」

 

 私達を見る目が、完全にお爺ちゃんのそれです。

 ガナハルさん、独身なんですね……カッコいい方なのに。

 さっきから、ピオさんがちらちら、と見てますし。


「……分かった。話そう。それを聞いて判断してくれ」


※※※


 ――始まりは一年前だった。

 ある戦場で、私達は今まで出会った事がない相手に遭遇。仮面を被り、一切接近戦を仕掛けてこず、徹底的に射撃戦を仕掛けて来る厄介な火力集団。

 けれど、我等とて南方大陸最強を自負している。早々遅れは取らない。苦戦しながらも優位に戦いを進めていると――奴が現れた。

 

 一人で数十門の重火器を抱え、敵味方関係なく全てを面ごと吹き飛ばしてくる、あの戦争狂——『国崩し』が。


 我が姉ルゼは、即座に自ら奴と対峙し死闘を繰り広げた。しかし、決着はつかず、互いにその場を退いた。

 それ以降、多くの戦場で、奴と奴の一族は我等に立ち塞がるようになった。

 何でも、傭兵として雇われたらしいが……詳細は分からん。むしろ、私からすると奴に幾つかの小国は乗っ取られているように見える。

 だが、それでも我等は優位に戦いを進め、遂に奴を追い詰めた。


 ……しかし、それは罠だったのだ。


 その場にいたのは、『国崩し』と一族。

 そして、あの怪物『万鬼夜行』。

 加えて、叡帝国で名を馳せた『武祭覇王』率いる傭兵団まで!

 辛うじて全滅は免れたが……多くの勇士が散り、無数の武具が喪われた。

 以来、我等は劣勢に立たされている。このままでは……。

 だから……!


※※※


「話は理解したよ。けれど――ルビー、だったかな。君はまだ全てを話していないね? 君達は自由都市同盟と繋がっている。並の武具ならば簡単に調達出来るんじゃないかな?」

「そ、それは……」

「そして、さっき武具が喪われたと言ったね――そして、刃の要求数。『四剣四槍』は、いったい今幾つ健在なんだい?」 

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