第85話 タバサ―8

 最初に感じたのは熱気でした。同時に、鼻の奥をツンとつく刺激臭。

 隣にいるピオさんが顔をしかめています。犬族の嗅覚はひとよりも上らしいですし、大変そう……。

 まだ、少し目が眩んでいます。えっと、此処は……周囲を見渡そうとした、私達の前に、突然複数の槍が突き出されました。


「何者だ! どうやって、此処に入って来た!!」


 厳めしい顔をした数十名のドワーフ達が、完全武装で取り囲んでいます。

 その後ろには、無数の煙突が立ち並び、金属音が鳴り響いている――うわぁ、ここが、天下にその名を轟かせている、鉱山都市! 一度、来てみたいを思ってました!

 ちょっと前までの私だったら、隣で硬直しているピオさんみたいになったと思うんですけど……誰よりも頼りになるお師匠様と一緒なので、無問題です。


「答えろ! 貴様、その身なり……怪しい奴めっ!」

「元気なのは良い事だね。僕の名はハル。フォル・ファルシオンに会いに来たんだ。取り次いでもらえるかな?」

「大工房長にだと……? お前、自分が何を言っているのか理解しているのか? あの御方を誰だと思っている! 大陸最高の鍛冶師にして、かつて帝国とも真っ向から渡り合った大勇士だぞ!! 貴様みたいな得体のしれない奴を、会わせられる筈――」


「何の騒ぎだ」


 奥から歩いて来たのは、鈍色の髪を後ろで結んでいて、筋骨隆々のドワーフ。

 凄い貫禄だけど、目の下に凄い隈。

 でも、あれ……私、この人、何処かで見たような……。

 う~ん、と唸っていると、レーベが心配そうに覗き込んで来た。大丈夫よ、ありがと。

 ハルさんとやり取りしていた、ドワーフ――多分、指揮官なんだろう――が慌てた様子で敬礼した。

 

「これは……第五工房長。いえ、この者がおかしな事を口にしまして。問題ありません、こちらで処理いたしますので」 

「おや? 君はガナハルかな? おぉ、随分と立派になったね」

「……どうして、俺の名を知っているんだ? あんた、俺に会った事はないだろうが?」

「ふふ、会っているよ。君が、これ位小さかった頃にね。大きくなったねぇ」

「……幾ら何でも、そこまで小さく生まれた覚えはないが。あんた、名は?」

「こ、工房長。このような怪しい輩のことなど……」

「ハルだよ。フォルと約束をしていてね。台座を受け取りに来たのだけれど、聞いていないかな?」

「!」


 瞬間、電流が走ったかのように、ガナハルと呼ばれたドワーフの目が大きく広がりました。

 そして、片膝をつき、挨拶をします。


「――お待ちしていました。我が名はガナハル・ファルシオン。フォル・ファルシオンの一子にして、第五工房長を任されております。この者共の非礼をお許しください」

「ああ、立っておくれ。言葉遣いも気にしなくていい。精霊が騒いでいる。どうやら、少し厄介事が起きているようだね」

「ありがとう――よ。そうなんだ。あんたの依頼そのものは順調なんだが……ああ、詳しい話は、親父と一緒にしよう。来てくれ。それと、お前」

「は、はいっ!」

「いいか、この人は……俺達、ドワーフ族にとって大恩ある御方だ。細かい話は、お前の爺さん、婆さんにでも聞いておけ。だが、忘れるな。俺達はこの人がいなかったら、とうの昔に滅んでいたんだ。その恩は返さなくちゃならねぇ」

「!?」

「大袈裟だね。この都市が残ったのは、フォル達が頑張ったからさ。僕は少しだけ力を貸しただけだよ」

「よく、言うぜ」


 槍が引かれた。

 どうやら、ハルさんはドワーフ族も救った事があるみたいだ。でもまぁ……もう、驚きもないかな。ねー、レーベ。「マスターはマスター!」そうよねー。

 ピオさん、行きますよ? あ、これ位、普通なので、慣れてください。大丈夫です。慣れますから。


※※※


 案内されたのは、一際大きな石造りの屋敷でした。

 所々が、無造作に金属――しかも、多分魔銀で補強されています。凄い。

 辺りをキョロキョロしながら、進んでいくと「――何故、作れないんだっ! 金なら倍……いや三倍支払う!」「だからのぉ……何でも言うておろうが。『今』は無理じゃ。この仕事は、全てに優先されるからの」「……だが、その『刃』は八本打たれると聞いている。ならば、その内半数を私に」

 ……大きな鋼鉄製の扉を貫いて声が漏れています。

 一人は、多分、フォルさんでしょうか? もう一人は、女性。切羽詰まっている声です。ピオさん、大丈夫、大丈夫ですよー。

 ガナハルさんが、肩を竦められながら、扉を開きました。


「親父、失礼するぜ」

「ガナハル、今は客人が――もう来おったか。その様子だと、ミラは仕事を終えたようだの!」

「ふふ、その通り。ああ、ローマンとタバサも完璧な仕事をしてくれたよ。少し予定が変わったね。制作を早める事にしたんだ」

「そうか! くくく……腕が鳴るのぉ! 儂らも、既に作業を進めておる! ハル、物を見せてくれんかの?」

「勿論さ。その前に――」


 ハルさんが、中腰のまま、振り上げた拳を降ろせなくなっている女性に視線を向けられました。女性の横には二本ずつの剣と槍。

 この人――帝国の人じゃありません。

 長い茶赤の髪を四束に分け、スラリとした体形で肌はよく焼けていて褐色。そして、印象的なのは、綺麗な顔なのに、額へ複雑な図形を彫り込んでいることです。南方大陸の人? でも、どうしてそんな人がこんな所に。 



「初めまして。僕の名はハル。しがない育成者をやらせてもらっているよ。一つ質問なのだけれど、南方からわざわざ『四剣四槍』の妹さんが、より強い武器を求めてやって来る――いったい何があったんだい?」

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