第81話 タバサ―6

 そこからの数日間は修羅場でした。

 ……ミラ様もピオさん、途中から雑事を任されてしまった私にとっては。


『ミラはね。作業を始めるのは遅いんだけど、一度始めれば完成まで止まらず、最短を突き進むんだ。これも良い経験だよ、タバサ。しっかり技術を盗んでおくれ』


 そう言って笑われたハルさんだけは平常運転。朝昼晩の食事とお菓子、夜食まで作ってくれました! 相変わらず美味しすぎます。


『……タバサ御嬢様……また、ふくよかに……』

 

 ニーナっ! それは禁句よっ!! 

 ほ、ほらっ。私は成長期だからっ。多少、食べても大丈夫なのっ!

 べ、別に体重計に乗るのが怖いわけじゃないのよ?

 あんたとエルミアは、私よりもお菓子食べて、しっかりお昼寝までしてるのに、太らないなんて……神様には説明責任があって然るべきよっ!

 私が、辺境都市で楽しく過ごしているだろう二人へ呪詛を送り、ミラ様とピオさんが、日に日に殺気だっていく隣で、ハルさんは苦笑されながら、二つに割った杖の片割れを加工されていました。

 短杖へと再加工されていたみたいです。誰かへ渡すのでしょうか? 

 勿論、真ん中にヒビが入っている以上、そのまま作成しても、ハルさんや教え子さん達が使えば、耐えきれません。

 まして『魔神』『女神』といった存在を制御する、となればなおの事です。

 かと言って、杖本体に印は刻めません。それをするのはネイさんの御仕事だからです。

 そこで、ミラ様はとんでもない事を思いつかれました。


『ハルちゃん、『世界樹の新芽』と『龍』素材、そうね出来れば『闇』系がいいわ。それと、をいっぱい使わせてもらうわよ?』

『勿論。で、どうするんだい?』

『メイン素材は今のが良いと思うわ。けれど、ヒビをどうにかしないと。それと、これは私の直感なんだけれど……『女神の遺灰』まで支えるには、この。だから――』


 今、私の目の前にある二本の短杖は、純白の布――為に王蚕の物です――でグルグル巻きにされています。

 形状は見た限り、レーベに良く似ています。丁度、七属性宝珠と七龍の鱗による装飾がない形です。

 けれどここから、『女神の涙』を設置する土台が設置されて、杖自体に『印』も刻まれる筈なので、最終的な完成形は、まだ分かりません。

 分かる事は――


「どうかしら、タバサちゃん。この子――ちゃんと、?」 

「少しお待ちを……」


 『眼』で杖をじっと見ます。

 少しずつですが、中心地点のヒビが小さくなり、短杖本体へ魔力が吸収されています。それと同時に、真ん中部分を接合している『世界樹』及び『黒龍』素材、と短杖本体とも一体化していっています。

 ……どうやら成功ですね。


「ちゃんと再生していっています。ハルさんが加工されていた短杖も同様です」

「そう。何とかなった……のかしら?」

「ふふ、大丈夫さ。それにしても最初、杖を真っ二つにしてほしい、と言われた時は驚いたよ」


 そう、ミラ様は未作成だった杖の土台を一度、真っ二つに割り、ヒビが入っている部分へ直接『世界樹の新芽』と『黒龍』の血で作成された複雑な紋章を張り付けられたんです。

 その後、ハルさんと幾つか試され最終的には『銀嶺の雫』と呼ばれた謎の液体で再度接合。その液体を扱うミラ様の顔は蒼白でしたけど。

 最後に成形し、王蚕の布でグルグル巻きにされたのが、つい先程です。

 作業中にミラ様へ詳しくお尋ねしたところ――


『ハルちゃんが扱うような杖になってくると、加工した後でも素材がのよ。勿論、レーベちゃんのように意思を持つようになるかは分からないわ。けれど、この子はラカンちゃんによって深過ぎるダメージを受けていて、自力ではおそらく再生不能。なら他の素材で、それを助けてあげればいい、そう考えたの』


 外側ではなく、杖の内側を加工する逆転の発想。

 そして、私が知らない素材を惜しげもなく使用し、僅か数日でまとめ上げたその手腕は『大陸最高の杖制作者』に相応しいものだと思います。

 今の私には遠過ぎる目標です……。


「ハルちゃん、出来る限りの事はしたわ。うまくいけばこの子は、『光』『闇』の頂点を極める杖になる。『』の一部すら発動出来るかもしれない」

「そうだね。少しばかり僕には過ぎた杖だけれど……レーベ」

「?」


 ハルさんの膝に座っている猫耳姿のレーベが頭を撫でられながら、きょとん、とした表情で見上げます。嗚呼、ほんと可愛い! 

 この可愛い姿に癒されなかったら、修羅場を越えられなかったと断言出来ますっ!


「この子はレーベの妹か弟になる」

「妹か弟?」

「仲良くしておやり」

「はーい」

「いい子だ――ミラ、ありがとう。ピオ」

「は、はいっ!」

「これを」


 ハルさんが、小さなアイテム袋をピオさんへ手渡されました。

 中身を確認したピオさんの顔が引き攣ります。


「ハ、ハル様!?」

「ほんの少しだけど『銀嶺の雫』だよ」

「ハ、ハルちゃん、さ、流石にそれは受け取れないわよ!?」

「お礼だ。使っておくれ」

「ハルさん、その……『銀嶺の雫』って何なのですか?」


 私の『眼』で見ても、何も見えない謎の液体。

 ミラ様達は知っているみたいですが……その反応からすると、とんでもない物なんでしょう。でも今更、驚く事も――ハルさんが口を開かれました。



「良い機会だから教えておこう。それはね人類へ魔法を与えた『始原』の素材の一つだよ。僕から言わせると……『呪い』だけどね」

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