第82話 ロス
「――はっ? 今、何て言いましたか?? トマ」
『むむ……聞こえなかったか? ロス、頼む。戻ってはもらえないだろうか……このままでは身が持たぬ……限界だ……』
「はぁ」
王都『盟約の桜花』のクランホーム大会議室の壁に映像宝珠で投影されたトマの顔は、げっそりとやつれていました。彼は基本的に体力自慢な筈なんですが……。
既にあの一件――皇宮襲撃から、一週間余りが経過しています。
ようやく、こちらで滞っていた書類の山の片付けに目途がつき、日常が戻りつつあったのですが……またそちらへ戻れと……?
無意識に身体が震えます。
こ、これは……拒否反応でしょうか?
つまりどう考えても過酷……いや、生きて王都へ帰れるかも分からない、と。
唯一残った幹部として王都組を取り仕切っていたファンは、ここ数日の修羅場に次ぐ修羅場の結果、大会議室に辿り着くまでで力尽き今は鼾をかいて寝ています。後で、毛布を取ってこないと。
僕とトマとファンは、ほぼ同時期に先生の教えを受けた同期生です。
うちの我が儘団長と暴走副長を見れば分かるように、どうしても女性陣が強い先生の教え子の中でも、少数派の男性同期として今まで仲良くやってきました。
――恥ずかしくて口には出しませんが、親友だとも思っています。
が……かといって、僕とて我が身は惜しい。
彼をそこまで追いつめた存在が誰かが分からないことには判断の下しようも――そんなの一人しかいませんね……。
メルとリル、そしてサシャは帝国と戦後処理や補償といった『勉強』の真っ最中な筈です。今の所、終了したとも聞いていませんし。
……ますます、行きたくなくなりました。
「トマ」
『うむ……』
「現有戦力で奮戦を! 僕は『千射』から女神教について探りを入れるよう命じられています。例の『黒外套』や、帝国の近衛騎士団団長の件もです。どうやら、王国内には該当する不審船はないようですが……。今のサクラの相手が過酷なのは理解しますが……先生に申し出られては?」
『うむぅ……それが出来ぬのだ。師は数日前から出かけられている。例の『魔神』を制御する杖の件でだ。当分は戻られぬ』
「……過酷ですね。様子は?」
『…………』
トマはゆっくりと首を左右に振りました。
……手の施しようがないと。
いけませんね。どうやら派手にこじらせているようです。
まぁ皇宮へ先生自ら、救出しに来てくれると信じ込んでいましたし……分からなくもないんですが。
その後『……私、クランの仕事があるから』と張らなくていい意地を張ったのもいただけません。そんな事を言ったら、あのお優しい先生のことです。邪魔をしないように、という配慮をされるに決まっているというのに……。
疲労と寝不足で働かない頭で考えます。自分が戻らず、かつどうにか状況を打開する手は――目の前で動く耳。ほぉ?
「トマ」
『うむ。何か思いついたのか?』
「取りあえず、今からファンをそちらへ転移石で跳ばしますので――」
「待てぃっ!!!」
寝ていた筈のファンが飛び上がります。
……やはり狸寝入りでしたか。油断も隙も無い。
「ロ、ロスっ! ど、同期を売るのかっ!?」
「ファン……仕方ない事です。貴方ならサクラの扱いに慣れてますし、短刀を投げられても、大太刀を抜かれても何とかなるじゃないですか。僕は見ての通り貧弱なんです。殺されてしまいます」
「嘘をつくなっ! 師と『灰塵』を除けば、お前が一番、扱いに慣れておるのは明白だろうがっ! サクラもお前相手には手加減しているっ!! そ、それにだ。お前とて内心では一緒にいたい、と――」
刹那、大会議室を静音魔法と『闇』属性中位魔法『黒霧』で覆います。
同時に全属性の拘束魔法を生涯最速で展開、発動。最高機密を漏らそうとした罪人を縛り上げます。
「……何か言い遺す事はありますか?」
「ま、待てっ! は、話を聞けっ!」
「……ほぉ。何の話でしょう? 僕としては何も話す事などないのですが。取りあえず、貴方の記憶を消す事を優先したいですね」
「キ、キャラが変わっておるぞ!? ――ロスよ」
「何です」
「言っておくがクラン内で知らぬのは……当人だけぞ?」
「ハハハ。面白い冗談ですね。命乞いをするのならもう少しマシな――え? もしかして……ほ、本気で言ってるんですか?」
「すまぬ。嘘だ」
「……殺します……」
「クラン内だけでなく、ほぼ師の弟子筋ならば全員が認識しておるのではないか?」
「――ファン」
「お、おぅ」
机に身体を突っ伏します。魔法を展開する気力もなくなり崩壊。
……そ、そんなに分かりやすかったでしょうか?
『むむ。どうしたのだ?』
「……トマ、ここは察せ」
『むぅ。例の件か?』
「そうだ」
『うむ……ロスよ。そこまで悲観しなくても良いのではないか? 恋敵は強大――と言うより、あの方が何かに負けられる姿が思いつかぬが、教え子に手を出された、という話は聞いたことがない』
「そ、そうだ! 嫌われてはおらぬよ。クラン内で一番、あやつと仲が良いのはお前――」
『男三人で、何をぺちゃくちゃと話してんのよ。トマ、サクラは何処?』
『ハ、ハナの姉御!? い、何時の間に……』
トマに気付かれず後方へ回り込んでいたのは、ドワーフの少女でした。
映像宝珠が止まります。
……いるじゃないですか。元クランメンバーですけど、僕よりもサクラと仲良しな人が。
ファン、肩を叩かないでください。同情は不要です。
分かりました。分かりましたよっ! 戻ればいいんでしょう、帝都へ!!
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