第80話 タバサ―5

 まるで、近くの店に野菜を買いに行ったんだよ、と同じような口調でハルさんは告げられました。ミラ様とピオさんはしばしの沈黙。

 内容を咀嚼し――次の瞬間、悲鳴をあげられます。


「はぁ!!? ハ、ハルちゃん、自分が何を言ったのか理解しているのっ!?」

「こ、皇宮って……て、帝国のですよね? 敵の侵入すら許した事がない、難攻不落の!?」

「随分とまぁ過大評価だね。一昔前の『勇者』『剣聖』『聖騎士』『聖魔士』君達なら、多少は手応えがあったかもしれないけれど、僕が見たところ――そうだね、これがなければ、メルとトマでどうにか出来たかもしれない。全軍相手は無理だけど」


 そう言って、ハルさんは小瓶をテーブルの上へ置かれました。中に紅い砂。

 ミラ様の顔が引き攣ります。


「ハ、ハルちゃん、そ、それって……いや、待って。そ、そうよね。まさか、そんな……」

「御明察。『女神の遺灰』だよ。一部の愚か者達が遊んでいてね。かなり劣化していたけれど量産されている『狂神薬』も流入していた」

「帝国の上層部は何時からそんな馬鹿ばかりになったのっ!!!? 帝国を――大陸を滅ぼす気っ!!?」

「ミ、ミラ様!?」


 ミラ様の狼狽ぶりに、ピオさんが動揺されています。

 ……ちらり、と小瓶を見ます。

 うぅ、やっぱり、ちょっとこれ苦手。

 強過ぎる魔力のせいか、嫌でも私の『眼』に古い映像が再生――『』の血塗れの表情が浮かぶ。


『――この世界の全てを呪ってやる』


 思わず身震いしていると、レーベが心配そうに私を見てきました。

 うん、ありがと。大丈夫。

 ひとしきり叫んだ後、ミラ様は重苦しい声でハルさんに尋ねられました。


「……ハルちゃん、潰すの?」

「潰すのなら200年前にやっているよ。僕はあの泣き虫――生涯の友にして男の中の男、アーサー・ロートリンゲンにかの国を託されているんだ。『仮に我が子孫が、罪を犯した際にはまでは叱ってほしい。三度ある時は――後始末を頼んでもいいかな?』とね」

「……私が知る限り既に帝国は一度誤っているわ。初代帝国『勇者』『剣聖』率いる諸国の大軍が、強引に『世界樹』を攻めた事、忘れたわけじゃないんでしょ?」

「懐かしい話だね。ああ、あと今回、裏にいるのは――女神教。の、かはまだ分からないけどね」


 アーサー・ロートリンゲンって……初代帝国皇帝の?

 しかも、帝国が『世界樹』を攻めた? 何時??

 取りあえず……えっと、馬鹿?


「あの糞宗教……! ハルちゃん、この話は同盟内で共有するわよ? 対帝国外交と、私達全体に大きく影響するから」

「好きにしていいよ。ただし、カサンドラはまた舞台へ上がった」

「了解したわ。それと」


 ミラ様が立ち上がり、ハルさんの前で、膝を折り深々と頭を下げられた。

 ピオさんの表情が驚愕に歪む。

 当然かもしれない、だってミラ様は、森林同盟の大長老。大陸の獣人諸氏族を束ねられている一人なのだから。


「――我等、大陸に生きる獣人族は悉く御身の『矛』であり『盾』。その事、努々お忘れなきよう。有事あらば、我が同盟諸氏族は帝国――いえ、たとえ、それが世界であろうと敵に回す覚悟は出来ています。我等は『恥』を知る者ならば」

「ミラ、終わった事だよ」

「終わった事? 違うっ!! ……たとえ、御身からお許しいただいても、私達が生き残る為に御身を利用した事実は変わらない! 『大崩壊』の時、私達は帝国と一緒になって、御身にあの方々と――『剣聖』様と『全知』様と争わせるよう誘導したっ! その結果、どうなるかを理解しながら。私達は誤った。取り返しがつかない罪を犯した。たとえ、帝国の馬鹿共が忘れようと、私は、私達は覚えているっ! だからっ……!!」


「――ミラ、立っておくれ」


 ハルさんが穏やかな声を出されて、ミラ様の肩に手を置かれました。

 レーベも真似して、頭を撫でています。


「ありがとう。その言葉だけで十分……いや、そうだね。杖を作成してくれれば許すさ。泣かないでおくれ」

「ゆるすー」

「ハ、ハル、様……」

「ふふ、『様』付けや敬語は禁止だよ? 作るからには、世界最高の物にしてもらう。タバサ」

「は、はいっ!」

「さっきの杖の件、どう思うかな? 『女神の涙』『魔神の欠片』に耐えられる素材は世界にそれ程ない。僕の手持ちだと『世界樹』と『龍』素材位だろう」

「合わない、と思います。理由はないんですけど……。それなら、先程の杖を活かした方がいいと思います」

「ふむ」


 ハルさんが、空間から先程二つへ分けた杖だった物を取り出されました。

 『眼』に映るのは杖の中心部分に走る微かなヒビ。二つともそれは変わらない。

 う~ん……どうすればいいんだろ?

 私達が悩んでいると、衝撃の連続で硬直していたピオさんが戻ってきました。


「えっと……ハ、ハル様」

「なんだい?」


「――杖は長杖でなければ、駄目なのでしょうか? 短杖で良いのならば、外部素材を使った紋章で補強出来れば保つ可能性もあるのではないでしょうか? 杖自体へ印を刻むのが難しくなるかもしれませんが」


「短杖……紋章で補強……『世界樹』と『龍』で成長を促進させて集中的に再生させれば……それなら短い方が早い……ピオちゃん」

「?」

「お手柄よっ! ハルちゃん、他の素材は持ってきているの?」

「何か思いついたかい?」

「ええ――」


 ミラ様が不敵な笑みを浮かべられました。

 その隣ではレーベも一生懸命、尻尾をふりふり。可愛い。



「『世界樹』と『龍』の紋章を使って、この杖を再生させるわっ!」

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