第5章 比翼の杖

プロローグ

 この世界には、三つの大陸が存在するという。

 最大のそれは、西側において帝国・王国・自由都市同盟という大国がしのぎを削り、大陸中央部にはサジャーン朝という大国が、東側においては叡帝国という大国が存在する、レムリア大陸。

 大陸の西から帝国、王国が並び、北方には大山脈がそびえ立ち、それを踏破した先にあるという『銀嶺の地』は人の侵入を拒み続けている。

 

 そこを越えた先に何があるのか? 何が存在するのか? 

 

 生きて帰った者は、人類史上でも数える程しかおらず、記録もほとんど残されていない。

 高き山脈が途切れ、大海洋に至る西の果てには『龍』が――しかも『龍神』に仕えし『天龍』が住むと言われている。

 東の果てには『世界樹』がそびえ立ち、守護しているエルフの諸国家が『何か』を封じるかのように、古よりその地に存在し続けている。

 もう一つの大国である自由都市同盟だが、その国家領域は一見狭い。

 帝国南方国境と『学術都市』で接し、他は帝国・王国派に分かれている緩衝小国家によって圧迫されているように見える。

 だが、蒼海洋に面した交易都市群と島嶼国家群との集合体で構成されている自由都市同盟は、広い領土を必要としていない。彼等の力の源泉は、金貨であり、船であり、飛空艇であり、そして何よりも知恵なのだ。

 

 レムリア大陸と蒼海洋を挟み、『大崩壊』以降小国家が乱立し200年に渡り血みどろの戦乱が続いているのが南方大陸――正式名称、パーメリア大陸である。

 ここ数年、自由都市同盟との交易により勢力を急進させ『四剣四槍』という英雄を戴いたアレクサンドリア王国が統一に突き進んでいるものの……極東の地においてかの『大剣豪』率いる『八幡』一族に敗れた戦争屋『国崩し』と一族が流入しており、未だ戦乱の終わりは見えていない。

 なお、人の手にあるのはこの歪んだ芋のような大陸の半ばまでであり、それより以南の開発は遅々として進んでいない。

 これはかつての古帝国の領域がそこまでであったこと。

 レムリアや、人が都市を築いている近辺では見慣れない恐るべき魔物がすくっていること。

 この二点の影響が大きいのだが、やはり戦乱の要素が最も大きいのだろう。

 

 最後の大陸は――『銀嶺の地』を越えた先。氷に覆われた海を越えた先にあるという。だが、その存在を信じる者はそう多くない。何しろ――その地を見た、という者は大陸歴が始まるより更に前、神代の時期にしか存在しないのだ。


 無論、これ以外にも世界には数多の国家や都市が存在し、それぞれの場所で人々は日々、喜び、楽しみ、そして時には苦悩しながら過ごしている。

 それは、帝国南東方国境と接する『森林部族同盟』の大長老、帝国北方のドワーフ自治領『鉱山都市』の大工房長、『学術都市』の評議長であっても変わりはなく――。



※※※ 



「ミラ様、おはようござい……どうされたんですか? いきなり、ベッドに飛び込まれて?」

「……ピオちゃんだったのね。驚かせないでちょうだい。寿命が縮んだわよ」

「はぁ」


 師の奇怪な行動に首を傾げながら、犬族の少女であるピオは部屋に立ち込める臭気に顔をしかめる。


「……ミラ様、昨晩、お風呂に入られましたか?」

「えっとーそのー研究に夢中で……てへ☆」

「……汗臭いです。今からお入りになってください」

「えー!」

「駄目です。準備しますから」

「うぅ……ピオちゃんが厳しい……」

「あ、それとですね」


 ピオは、項垂れているミラ――『森林部族同盟』の大長老にして、『大陸最高の杖製作者』と評される、狐族の美女へ告げた。


「長老達から御伝言です。何か各地で色々あったみたいです」

「例えばー?」

「まず、帝国内部で政変があったみたいです」

「政変?」

「はい。帝国副宰相・大魔導士・近衛騎士団長の三人が突然、代わりました。また、『勇者』『剣聖』の称号が廃止。聖騎士・聖魔士の大半も入れ替わったようです」

「確かに政変ね。あの皇帝、馬鹿ではないけど中途半端な現実主義者だったから。あの『女傑』が業を煮やして舞台へ上がったのかしら?」

「そこまでは。あと、これは大事件です」

「私を驚かすのは大変よ?」

「『八幡』一族が大陸へ出兵したそうです。叡帝国も了承したとのこと」

「……ピオちゃん、お茶入れてくれないかしら?」


 ミラがベッドから立ち上がり、少し考え込む。

 『八幡』一族と言えば、極東にある秋津洲皇国の守護神。本来は不動。それが、叡帝国に借りを作って大陸出兵?

 

 ――いいお茶の香りが立ち込める。


 目の前のテーブルにはカップが置かれ、数枚のクッキー。

 温かいそれを飲みながら、クッキーを齧る。


「確かに大事件ね。だけど、ここまでは来ないでしょう。情報収集は継続しておくように」

「分かりました。それとお手紙です。差出人は『ハル』――」


 聞こえた瞬間、玄関へ走る。

 まだ何一つ、杖の設計図すら書けていない。


『……そうか。ミラには少し荷が重かったみたいだね』

『なんじゃ? まだ出来ておらなんだか? こちらは作成し終えて待っておるというのにっ!』

『ミラ、僕も準備万端さ』

『もう磨き終えておるわ』


 ……そ、そんな屈辱には耐えられない!!

 逃げよう。遠くまで逃げよう。追手が来ない所。いっそ、世界の果てまでもっ!

 玄関を開け、外へ――立ち止まる。



「あぅあぅあぅ……な、何で……何で、ここにいるのよ、ハルちゃん!!?」

「やぁミラ。ちょっと帝都に来たからね、陣中見舞いに寄ってみたんだ。頼んでおいた子はどうなったかな?」

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