第76話 タバサ―1

「へっ? わ、私もですか? ワムの里へ??」

「うん。良い勉強だからね。『大陸最高の杖製作者』が実際に杖を作成しているのを見れるなんて早々ない。その後は鉱山都市。最後は学術都市へ回ろう。何れ、タバサにはあの三人を超えてもらうつもりだから」

「は、はぁ……」


 ハルさんがシキ家に来られて、何時もの穏やかな口調で私にそう言われたのは、皇宮で起こった一連のドタバタから1週間が経った日のことでした。

 私とニーナはその間――お父様とはまだぎくしゃく中――色々としていました。私はお爺様に宝石加工を教えてもらい、ニーナは延々とオーブンの前で格闘。 ――当の本人が上機嫌でやって来ました。スキップまでしちゃってます。貴女、普段はそんなことしないじゃない!


「ハル様、新作のクッキーが焼きあがりましたので、御試食をお願いいたします」

「勿論だよ。そう言えば、ケーキの評判はどうだったのかな?」

「お蔭様で大変、御好評をいただいております。今すぐ売り物に出来ると。全てハル様のご指導の賜物です」

「ふふ、ニーナは熱心だからね。教え甲斐があるよ」

「ありがとうございます。何れお菓子作りを極め、大陸一になって見せます!」


 その目は爛々と輝き、闘志に満ちている。

 ……この子、いったい何処へ向かっているんだろう?

 まぁ確かに、美味しい。帝都でも評判になるだろうけど。

 何か、何か、ちょっと違うと思う!


「ニーナ、僕とタバサはこれから出て来るよ。行く先は、ワムの里・鉱山都市・学術都市。数日したら戻る、とハナ達に伝えておくれ」

「では、私も」

「ニーナにはエルミアと一緒に辺境都市へ戻ってほしい。そろそろ荷物が大変な事になってるだろうからね。帰りはルナに頼んで飛ばしてもらっておくれ」

「……確かに。ですが」

「ごめんよ。ニーナにしか頼めないんだ。エルミアは人見知りが激しい子だからね」

「! ――かしこまりました。問題ございません。タバサ御嬢様をよろしくお願いいたします」


 ち、ちょっと、ニーナ! そこは『いえ、私のお仕えしているのは』って言うところでしょっ! 貴女、最近、忠誠を向ける先が明確に変わってない!?

 ハルさんと一緒なのは嬉しいんだけど、二人きりだと……その……ちょっと緊張するから、付いて来てほしかったのに……。

 項垂れる私の袖を引く小さな手。あ、そっか。そうよね。貴女が一緒だもんね!


「タバサ」

「レーベ」

「「ぎゅっー!」」


 純白の服を着ているレーベと笑いあいながら抱きしめ合う。

 ふーんだ。ニーナがいなくても、私にはこの子がいるもの。寂しくなんかないんだから。夜もこの子と一緒に寝るから大丈夫なんだからねっ!

 そんな私を見たニーナは、やれやれ、と言わんばかりに首を振った。きー!


「ハル様、ハナ様達にお伝えするのは良いのですが、御納得されるとは……」

「そうかな?」

「そうでございます」

「だけど、大人数で押し掛けるわけにも――噂をすれば、かな?」


 ノックもなく扉が開きました。

 入って来たのは、ドワーフの少女。少し遅れて人族の美女。うぅ、何度見ても綺麗です。それに比べて私は……ニーナ、何よ、その顔は? 

 御二人はハルさんの顔を見た瞬間、満面の笑みが浮かべられました。


「お師匠!」

「ハルさん」

「やぁ、ハナ、タチアナ。すまないね、ローマン達の護衛を頼んでしまって。カサンドラとディートヘルム君に頼んで、例の『黒外套』達の探索をしてもらっているから、あと少しだけ時間を貰うよ。もうシキ家を狙う事はないと思うけど、念のためね」

「んーそもそも、情報を信用出来るの?」

「精査してくれてるのは、ルナ――駄目だよハナ、そんな顔をしちゃ」

「……知らない、あんな女のことなんか」

「ハルさん」

「何だい?」

「その御恰好、何処かへ行かれるのですか? でしたら、私も」

「タチアナには駄々をこねているレベッカを頼むよ。いよいよ『黒龍』の競売があるらしいんだけど……手続きが滞っているらしい。ヴォルフ家から泣きつかれてしまってね。今までは、メルがやってくれていたらしいんだけど、彼女は今、忙しいから」

「マスター、ママはいっしょじゃない? タチアナも?」

「レーベ、ママはね――大事な御用があるんだ。タチアナはそれを手伝ってくれるんだ。そうだよね?」

「……ズルいです。ですが終わり次第、追いかけてもよろしいですか? 大迷宮再開は数ヶ月かかるようですし、護衛自体はハナがいれば十分過ぎます」

「!? タ、タチアナ、ズルいわよっ! お師匠、私も行きたい!!」

「構わないけど、遠いよ? それと来るなら誰かに引き継ぐ事」

「分かりました。場所はワムの里、鉱山都市、学術都市で合っていますか? 滞在されている場所だけ教えていただければ問題ありません。ハナがすぐに飛んでくれますから」

「タ、タチアナ……? 幾ら私でもかなり遠いんだけど……」

「なら、ルナさんに頼み」

「余裕だから!」

「――だ、そうですので、後から追いかけます」 


 ハルさんが苦笑されながら頷かれます。

 うわぁ……タチアナって、こういう人なんだ。

 美人で、強くて、頭もよくて、スタイルもいい、って……完璧超人過ぎる!

 それに比べて、私は――レーベ?


「タバサはかわいいよ?」

「……ありがと。レーベも凄く可愛いわ」

「「ぎゅー」」


 腕の中で、レーベが笑う。

 ああ、癒されるわ……意地悪メイドがいなくてもきっと大丈夫、うん。

 ……ニーナ、今更、そんな顔しても駄目なんだからっ!

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