第75話 メル―12
ハル様が呟かれたその時、後方から轟音、そして内庭入り口近辺が粉々に砕け、土煙の中に人影が見えます。
一瞬、迎撃しそうになりましたが……出てこられたのは、赤髪を二束にして結っているドワーフの魔法士と、空中に浮かぶ巨大な本に乗っている眼鏡をかけた混血魔族の少女でした。
あ、あの方達は!
「ナティア姉様! ハナ姉様!」
「けふけふ……ちょっと、あんた、私だけに罠解除やらせんじゃないわよ。埃吸っちゃったじゃないっ」
「……嫌だね。ボクの大事な大事な本が汚れてしまうじゃないか。それと、一応、ボクは姉弟子だよ?」
「それが何よ! 学術都市の引き籠りに敬意なんか持てる筈ないでしょ? 持ってほしかったら、少しは姉弟子らしいことをしなさいよね!」
「ナティア、ハナ」
口喧嘩(何時もの事です)をしていた、御二人にハル様から静かな声がかかります。その瞬間、ぴたっとお喋りが止まりました。
そして、叱られる前の子猫みたいな表情を浮かべられて、恐る恐る、といった様子で視線を私達に向けました。
「お、お師匠。ち、違うの。こ、これは違うの。べ、別にこいつと喧嘩しているわけじゃなくて、えっと、あの、その……」
「……お師様。『本喰い』ナティア、命は果たしたよ。正面からここまでの敵は無力化完了」
「なっ! あ、あんた、汚いわよっ! 第一、敵らしい敵なんていなかったじゃないっ! そうよ、メル!!」
「は、はいっ!」
「あんたねぇ、少しは罠の配置を考えなさいよ! 何なのよ、あの罠。二重かと思ったら、三重。三重かと思ったら四重。で、警戒してみたら無しとか……何? あんた、私のことがそんなに嫌いなわけ!?」
「ち、違いますっ! あ、でもハナ姉様でも解くのが面倒なら成功ですね。良かったぁ。何時、追撃が来るか冷や冷やしてたんですよ」
「あ、あんた……いや、今はいいわ……お師匠、そこの引き籠りの言う通りよ。あらかた無力化したわ」
ハナ姉様に褒められました! 嗚呼、今日はハル様にもお会い出来ましたし、本当に良き日ですね。
おや? 大魔導士と取り巻きの聖魔士達の顔が土気色から、死体のような感じになってきましたね。
「ば、馬鹿な……僅か二人で、だと……? 正面からここまでで、どれ程の兵がいたと思って……い、いや、それよりも増援も到着している筈だ!」
「はぁ? あんた誰よ?」
「ハナ、失礼だよ。確か帝国の極小魔導士だ」
「なる。増援? そんなの入れるわけないじゃない。と言うか……ここにいる引き籠りが非人道的な事をして、みんな本の中に閉じ込められてるわよ。おっかない、おっかない」
「……ハナも一週間位、行ってみるかい?」
「中から『虚月』とか撃つわよ?」
「……本が傷むじゃないか。酷過ぎる。非本道的だよ! これは、今度の『会合』で議案に」
「なる筈ないでしょう?」
「……そ、そんなっ!」
ああ見えてお二人はとっても仲良しです。
少しだけ羨ましいです。
タチアナが溜め息をついて剣を納め、話しかけます。隣ではレベッカも紡いでいた『雷轟』を解除しています。
「ハナ、話が進まないわ。ハルさん、どうやらこれで」
「うん。そうだね。ナティア、ハナ、ありがとう。そろそろ、彼等も――ああ、来たね」
「!」
大魔導士達が後ろを振り返ります。
やって来たのは六名。大半が見知った顔です。
……おや、むくれていませんね?
なるほど、先程、ラヴィーナが『過剰』言った意味が分かりました。確かに『過剰』もいいところです。
この方々では先程の聖魔士や、『剣聖』のように、得体の知れぬ薬? を使用しても……どうにもなりません。格が違い過ぎます。
正直、帝国の全軍相手でも真正面から勝ってしまいそうです。
先頭を歩いていた細見の男――『天騎士』グレンが大声を発します。相変わらずうるさいですね。
「師匠! 任務完了いたしましたっ!!」
その隣に浮かんでいた赤髪を一束にして結っているドワーフの少女の姿が消え、次の瞬間、ハル様の肩の上に現れました。
『天魔士』ルナ姉様です。ハナ姉様、そんなに睨まれなくても……御二人共、結局のところ、お互いを思いあっていますのに……。
「お師匠~問題なく……と言いたいところだけど、二つだけ問題発生しちゃった」
「二つ?」
「うん~」
「――最初から、グレンとルナなんかに頼らなければ良かった。私が出張れば全部終わってる」
そう言って、大魔導士達を無視して、ハル様の前に歩いて来たのは――
「エ、エルミア姉様っ! あ、姉様までお越しになられていたのですかっ!?」
「――ん。メル、久しぶり。ルナ、そこをどく」
「嫌~お師匠、助けて! 姉弟子が虐める!」
「――ほぉ」
く、空気が重いです。
それにしても……『千射』『星落』『天騎士』『天魔士』『本喰い』『灰塵』。
身内である私でさえ、乾いた笑いしか出てきません。ハル様は、今回の一件、余程、御怒りなのですね……さて、では、申し開きを聞きましょうか。
サクラと、ロスに守られた、明らかに王族の一人が姿を現します。 ……他の二人は何処に?
ハル様がお声をかけられます。
「君は?」
「はっ! 帝国大宰相を任じられております、ディートヘルム・ロートリンゲンと申します」
「君が。……ルナ?」
「……大丈夫~」
「そうか。ティートヘルム君、といったかな?」
「はっ!」
「僕の可愛いカサンドラは……何処かな?」
一瞬、帝国大宰相の表情が何かに耐えるように歪みました。
そして、吐き出すように続けます。
「……我が祖母からの伝言です。『此度の一件、ロートリンゲン家に列なる者として、慚愧に堪えず。当代皇帝に口伝を伝えきれなかった事は我が罪なれば。我が老いた命により、帝国を、そして皇帝をどうか御赦し願いたい』」
「馬鹿なっ!!!! 僕が何時、そんな事を求めたっ!!!!!」
「…………はっ!」
ハル様の怒声に場の空気が凍り付きます
心臓を掴まれたかのように、息が出来ません。
静寂の中、ラヴィーナとエルミア姉様は口を開かれます。
「大丈夫だよ。ここには、私も当代の『天魔士』も『本喰い』も、貴方だっているんだから」
「――不可能だろうが、何とかさせる。と言うか何とかしろ。それと」
エルミア姉様が、持っていた魔銃を突然速射。
逃げようとしていた、大魔導士達に『千射』が降り注ぎます。
……服だけを撃つなんて、何という精度!
「――ちょろちょろ動くな。後で情報は根こそぎ奪って、その後、十二分に殺してやるから、祈りでも唱えて待っているべき。祈るべき神は、もう死んでるけれど」
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