第74話 メル―11
私達の前からラヴィーナの姿が掻き消えます。
気付いた時には『剣聖』の後方へ。即座に反応し、振り向きざまの剣撃!
が……
「ふーん。まぁ一瓶程度ならこんなものかな? で、もうお仕舞?」
「――――っ!!」
剣を無造作に右手で受け止め、『星落』が笑っています。
あ、あり得ません! 『剣聖』の一撃は、私の機械兵を簡単に切り裂く程の威力です。
そ、それを自分の手で平然と受け止めるなんて……!
『剣聖』も、目の前で起きた光景が信じられないのでしょう。呆然としています。
結界奥の大魔導士も悲鳴を上げていますが、何を言っているのか分かりません。錯乱状態です。
ラヴィーナが左手の短刀を『剣聖』へと向けます。
「殺すな、って言われたから殺しはしないよ。けど……君は私が殺さなくても、もうじき死ぬよね。劣化し過ぎた薬の使い過ぎかな? なら、仮にも『剣聖』を名乗ったのなら――意地を見せろ」
「…………オオオオオオオオオオ!!!!!」
「なっ!?」
「ハル!」
「ハルさん!」
「うむ!?」
レベッカとタチアナが緊迫した声をあげ、トマが私の盾となるべく、大剣を構えます。
『剣聖』の魔力が急激に増加していきます。身体が、深紅へと染まっていき――こ、これは……洒落になりませんっ!
ですが、ここにはハル様がおられます。無様な真似を見せられるものですかっ!!
決意を固め、何時でも『閃華』を襲撃をかけれるように準備します。
ハル様が静かに口を開かれました。
「一つだけ問おう。どうして、彼女をそっとしておいてあげなかったんだい? 彼女はあの時、世界を滅ぼす選択肢だってあったんだよ? だけど、彼女はそれをしなかった。この世界を――人を愛していたからだ。だから、倒れた。なのに……」
「黙れっ!!! 力とは用いるものだっ!!! そして……き、貴様が、あああ、あの『黒禍』ならば、貴様こそ……我等が必ず打ち倒すべき仇敵!!! ならば、ならば、ならばっ!!! その者や、それに類する者達を討伐するのに、この世界を守護すべき『女神』の力を用いて何が悪い!!!」
「それが……女神教としての総意だと? 200年前、自分達の手で彼女を殺しておいて、困った時には彼女に頼る……何とまぁ、ご立派な信仰だね。――なら、僕にも考えがある」
……背筋が凍り付きました。身体が震えます。
私は、ハル様に拾われて20年になりますが――これ程までに、冷たいお声を聴いた事はありません。
同時に湧き上がってきたのは……腰のアイテム袋から、十数個の小瓶が入った、帯を取り出し、身体に装着します。中身は、普段使わない猛毒類です。
今、はっきりと分かりました。ええ、分かりました。
……こんな国、滅ぼしましょう。綺麗さっぱり滅ぼしてしまいましょう。
私は、ハル様がどなたなのかを知りません。いえ――知っています。
ハル様は――私のお師匠様は、何時も優しく、穏やかで、時に少しだけ意地悪で、けれど間違いなく……こんな私を生かし導いてくださった……神様です。
それ以上の事を知る必要がありません。
双短剣を振るい、『閃華』『鋼槍千雨』を最大展開します。
見れば、レベッカもまた、詠唱を開始していました。
「――『其は剣。其は槍。其は斧。其は全てを貫きし物』」
あれは、雷属性超級魔法『雷轟』です。どうやら、彼女も同志のようです。まぁ、分かっていましたが。
タチアナも笑みを浮かべつつ『盾』を変形させていきます。
あれは『剣』? 固有スキルをあそこまで自在に操るとは。
いつの間にかハル様の隣へ戻っていたラヴィーナが、楽しそうに語りかけます。
「前言撤回? 潰すの?」
「……いや。この国を滅ぼしても意味がないよ。無駄な大戦争が起きるだけだ。けれど『遺灰』はこのままにしておけない」
「了解。なら――」
『剣聖』が疾走してきます。は、速いっ!
トマ、そしてレベッカとタチアナが反応し、立ち塞がります。
はっきりと見える程の火花。受け止めた三人の足が沈み込みます。けれど、突進は停止しました。
しかし――『剣聖』の身体からは数百の深紅の刃が発生。
ハル様とラヴィーナへ殺到します。
咄嗟に、『閃華』で防御を試みますが、駄目っ! 速過ぎますっ!
二人を深紅の刃は襲い、そして――
「やっぱり、こんなものよね。速さだけは認めてあげる。君が、後100回以上、生死を越える戦いを経験していれば、私も刀で防御するところだった」
「……惜しいな。これだけの資質を持っていたのに。『女神の遺灰』は回収させてもらうよ」
全ての刃は、ハル様とラヴィーナを刺し貫く前に消失。この世界から消えていました。
……え? い、いったい何が??
ハル様が、杖を軽く振るわれます。すると、『剣聖』の足元に、魔法陣が展開、深紅の魔力が散らされていき、上空に集まっていきます。
荒れ狂っていた魔力が急速に鎮静化。
どさっと、いう音と共に『剣聖』が倒れました。死んではいないようですが……この魔力、長くはないでしょう。
集まった深紅の魔力は、ハル様が懐から取り出されて、掲げられた深紅の宝玉へと集まり吸収されました。あれが、『女神の涙』ですね。
――ラヴィーナが、短刀を真横に振るいました。
前方に展開されていた、戦略結界が字義通り崩壊していきます。回復しません。
……この姉弟子と自分との間にある実力差が嫌になります。
奥では、大魔導士の顔が蒼白から、土気色に。心なしか、痩せましたか? 良かったですね。
「さぁ……そろそろ終幕にしよう」
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