第73話 メル―10

 ハル様が、槍を引き抜き自由になった『剣聖』へ視線を向けられます。

 そして、深く溜め息を吐かれ、再び閉じた結界外で唖然としている大魔導士を見た後――顔を顰められました。

 

 美しい長杖の石突が地面へ。

 

 私とトマ、そして二人の女剣士――『雷姫』レベッカと『不倒』タチアナへ、七属性の支援魔法が七重発動。加えてもう一つ――こ、これは、噂でしか聞いた事がない……『時詠』!?

 私ですら経験するのは初めての魔法です。

 レベッカとタチアナがハル様の前に立ち、臨戦態勢。

 それぞれ剣を抜き放ち、十数の『雷』魔法を紡ぎ、『見えざる者の盾』を展開しています。

 『剣聖』は警戒していますが……動けば死ぬでしょう。

 ハル様が口を開かれました。 


「レベッカ、タチアナ、ありがとう。まだいいよ。トマ、君はメルの直衛だ。……ラヴィーナ」

「何? 良いの? 撃っていいの?? 準備は万端だよっ! 貴方が撃っていいと言ってくれれば、『星落』を発動する!! こいつらが……の名前を汚したのはこれで二度目だっ!!! あまつさえっ、貴方との約束を破るなんて……許せない。許しちゃおけない。『帝国存続する限り『女神』と『魔神』を利用する事なかれ。貴国にその資格は永劫無し』。こんな程度すら守れないこんな国の為に、あの人達は……。やっぱり、あの時、救うべきじゃなかったんだっ! たとえ、貴方に言われたからって……私が、私が、私がっ!! 塵も残さず、消し去るべきだったんだっ!! だから、今、ここでっ!!!」


 『星落』が屋根の上で立ち上がり、慟哭していました。

 先代『天魔士』にして、長く大陸最強の魔法士と畏怖されてきた姉弟子は気分屋で、歩く災害のような人です。けれど、ハル様を大変強く慕われているのは間違いありません。

 そんな方が、「ハル様に背いてでも帝国を潰すべきだった」と口にされるとは……。歴史の闇は私が知っている以上に、深いようです。

 ですが、今はそれよりも、彼女が持っている短刀(噂に聞く大陸最強の魔刀の一角『沙羅双樹』でしょう)の先で紡ぎ終わっている戦略超級魔法『星落』が問題です。

 

 ……発動すれば、皇宮どころか、帝都が吹き飛びます。

 

 状況についていけず、結界外で唖然としていた大魔導士が叫びました。


「き、き、貴様は何だっ! 何なのだっ!!?」

「……何時もなら答える言葉もあるけれど、君にはこう答えた方が分かるんじゃないかな? 僕はハル。『黒禍』とかつて呼ばれていたよ」

「!!!!?」


 男の顔が、恐怖に染まり膝から崩れ落ちました。

 周囲の聖魔士達が慌てて、駆け寄り、助け起こします。

 ……『黒禍』。

 駄目です。全然、駄目です!

 ハル様は……私のハル様にそんな邪悪な異名、似合いませんっ!!

 見れば、レベッカとタチアナも不満そうな顔をしています。同志ですねっ!


「ラヴィーナ、おいで」

「……嫌っ!」

「ありがとう。だけど、君が手を汚す事はないんだよ」

「…………」


 『星落』が短刀を鞘へ納め屋根から掻き消え、瞬間、ハル様へ抱き着かれていました。

 う、羨ま――戦闘中なのに不謹慎です。遺憾ですっ!

 泣きじゃくっている姉弟子の頭を優しく撫でながら、ハル様が杖を振られると、『星落』が消失。その瞳は優しく、穏やかで、慈しみに満ちておられます。

 一転、大魔導士へ冷たい声で語りかけられました。


「さて、どうしようか? カサンドラから許可は得ているし、このままで済ますつもりもないけれど。取りあえず……君は亡国を味わってみるかい? 勿論、帝国ではなく、尻尾を振っているの方だよ」

「なっ!!? ……こ、殺せ! そ、そいつを殺せっ!! 妹がどうなってもいいのかっ!」


 馬鹿ですね。動けば死ぬんですよ。詰んでいるのです。

 それにしても……帝国ではない? 

 私の頭の中で、何かがはまりました。

 成程。つまりこの男は。


「……最低最悪の売国奴で、人体実験主義の反吐野郎で、しかも自分では手を下さないと屑だと……糞ですね」

「メル、女の子が汚い言葉を使ってはいけないなぁ」

「は、はいっ!」

「ラヴィーナ」

「……何?」

「滅ぼすのは駄目だけど、好きにして良いよ。そこの『剣聖』君や、勇者の子と非戦闘員は殺さないように」

「……良いの?」

「今回の件は僕も少し怒っているからね。正面からは、ハナとナティアをサクラ達の救援と皇帝他の確保には彼女達を向かわせてある」

「……過保護だと思うけど?」

「僕の大事な大事な教え子だもの。君もね」


 嗚呼、ハル様! そ、そのような、笑顔を浮かべないでくださいっ!! 

 いえ、もっと浮かべてくださいっ!!! 

 その尊い笑顔の為ならば……帝国だろうが、王国だろうが、自由同盟だろうがっ……私が全てを薙ぎ払って御覧にいれましょう!!


「うむむ……メルの姉御……考えていることが手に取るように分かるのだが……狂信者……いや、なんでもない……」


 寝言が聞こえました。

 この弟弟子にも困ったものです。

 双短剣を構え『閃華』を再展開。先程とは明らかに、その力が異なります。

 

 これがハル様の御力です!

 

 抱き着いていたラヴィーナが離れ、指で涙を拭いました。

 その左手には美しい魔刀。

 切っ先には数十の見たこともない魔法が展開されています。

 不敵な笑み。味方とはいえ……背筋が凍り付きます。



「……許可はもらったし、私も偶にはこの人へ良い所を見せたいから。悪いけど、手加減は余りしないよ? 恨むなら、そうだね……歴史を学ぼうとしなかった自分達の愚かさを恨むといい!」

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