第70話 メル―7
広い大理石の廊下を歩きつつ、床、壁、天井と、見える範囲に既存の罠をばらまきます。今回は、幾つか『鋼断剣舞』を混ぜておきましょう
今までの罠を突破してくるのならかなりの強者でしょうから、この程度は大丈夫な筈です。『呪鋼』も全てに付与しておきましょう。
隣で引き攣った笑みを浮かべている弟弟子――既にかすり傷もありません。相変わらず凄い治癒魔法です――へ声をかけます。
「トマ、話の続きです。貴方は帝国の歴史を何処まで知っていますか?」
「むむ……メルの姉御も知っていよう? 歴史は得意ではないのだ……今の帝国が古帝国を継承したことは知っている。それが約200年前」
「正確には207年前。大陸歴だと丁度1000年ですね」
「ふむ。つまり、大陸歴1000年の節目に古帝国が分裂したのが『大崩壊』と呼ばれているものなのだな。では、何故そのような事が? 体制の問題があったと?」
「それもあるのでしょう。建国は大陸歴588年ですから。しかし、それだけが原因ではありません。『大崩壊』前にあった事はなんです?」
「むむむ……前? あ」
「そうです」
――入り口から設置していた罠の魔力反応が消えました。
どうやら、追撃部隊が先程の広場に到着したようですね。
けれど、結界内の罠が起動しません。
うふふ。予想通り、入っては来られないようです。
これで少しだけ安心して先へ進めます。罠の敷設は止めませんが。
「『大崩壊』前、古帝国は世界へ挑んできた『魔神』と戦い、それを辛くも打ち倒しました。実際に成したのは、その数年前、世界の最北方にして果てである『銀嶺の地』から生きて帰り、世界を滅亡から救った――『女神』の加護を受けし三人の『大英雄』達と言われています。そして、激しい戦いの中、彼女もまた力尽きた……。これは知っていますね? 絵本で読んだでしょう」
「うむ! 大きくなったら『勇者』や『剣聖』のようになりたいと思っていた! 必ず世界の果てを見てやると! 彼の地に封じられたという『始原の者』が目覚めたならば、我こそが討つと!」
「では、『魔神』を討ったその後、『大英雄』達がどうなったのかを知っていますか?」
「むぅ。その後、とは? 『銀嶺の地』にて、『六英雄』の半数が倒れた事は知っているが……領土に戻ったのでは? 絵本ではそのようになっていた筈」
嗚呼、やはり人族には伝わっていないのですね。
長命種の一族には『禁忌犯し大罪人』の伝説として伝わっているのですが。
……当然かもしれません。何しろこれは永久に消し去りたい恥部。
いえ、人族だけではありませんね。これは、エルフやドワーフ、獣人といった他の民族も同じ事です。
人族も、他の民族も大恩しかない彼女を見捨てたのですから。
気が重いです。
けれど、何れこの子も知らなくてはならない事でしょう。
「……古帝国は『魔神』討伐を成した三人の内の一人、『勇者』アキを当時の帝都――今の王国の地にあったそうです――に招き、全軍をもって捕縛。即日裁判で死刑を求刑。群衆の面前で公開処刑にしました。火炙りだったそうです」
「!?」
「罪状は『帝国が疲弊している隙をついて世界崩壊を企んだ』でした。当時の、代替わりを果たしたばかりの若き皇帝は戦いが終わると、怖くなってしまったのですよ。『銀嶺の地』から生きて帰り、『魔神』まで討伐してみせた彼女達の力に」
「馬鹿なっ!」
トマが憤怒の表情を浮かべています。
その気持ちは分かります。
……救いがないのはこの先です。
「残された二人の『大英雄』――『剣聖』と『全知』は『勇者』が殺害された事を聞き、激怒しました。そして、躊躇なく古帝国へ戦いを挑んだのです。結果、引き起こされたのが」
「むぅ……『大崩壊』だと」
「ええ。今の王国と自由同盟がある一帯は焦土と化したそうですよ。当時の帝都にいたっては更地にされ、痕跡一つ残さず消えました。当然、人も……。詳細な記録が残っていないのはその為でしょう。そして、此処も――今の帝都もまた風前の灯だった。既に皇帝とその一族の大半は虐殺されていましたが、末娘が静養でこの地を訪れていたのです」
「うむむ。だが、此の地で大きな戦いがあったとは……」
「当然です。起きませんでしたから」
「むぅぅ……姉御、勿体ぶらずに教えてほしい。何があったのだ?」
廊下の先に、明るい光が差し込んでいます。
皇宮奥には見事な中庭があると聞いています。あそこがそうなのでしょう。
『閃華』を先行させ、偵察すると――やはり、いますね。
おそらく上位の聖騎士や聖魔士でしょう。数名、伏せています。
「話の続きは後にしましょう」
「うぅ……気になるのだが」
「では、一点だけ教えておきます」
立ち止まり見上げます。
トマは訝し気に私を見てきました。
「いいですか? 今から話す事は秘中の秘。みだりに口外してはいけません」
「むぅ……了解した」
「帝都がこの地に残り、世界が大陸歴1000年で滅びなかったのは――ハル様が、二人を止められたからです」
「!!?」
「さぁ、行きますよ。細かい話は後でゆっくりしてあげます。ただし、サクラ達には内緒です。まだ知りませんからね。さっさと片付けましょう」
絶句しているトマの腰を軽く叩き、私は歩き出します。
ハル様は、私が話をした、とお聞きになられたらお怒りになられるでしょうか? いえ、きっと少しだけ笑顔でこう言われるのでしょう。
『古い話だよ。けれど――僕はまだ覚えている。彼女達が生きていた時代を。懐かしき友が笑いあう姿を』
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