第69話 メル―6

 近衛兵達へ双短剣を向け『閃華』を操作、鋼の花弁が煌めき閃光となって襲い掛かります。

 

「対魔法防御っ!」


 近衛士官が絶叫すると、流石は帝国軍の精鋭です。次々と防御魔法が発動し数十の『石壁』『風陣結界』『水防網』を展開しました。

 普通の魔法ならば、かなりの効果を望めるでしょう。

 

 ――ええ、普通の魔法ならば。

 

 『閃華』は、防御魔法を通過、兵達を切り裂き、血の雨を降らせました。同時に、防御魔法そのものも消滅させます。

 兵達からは今日何度目でしょうか? 悲鳴と怒号。


「ひいっ! 俺の……俺の内臓を取って、取ってくれっ! 中に入れてくれっ!!」

「ど、どうしてだっ!!? 防御魔法は張っていたのにっ!! さっきの槍だって、多少は防げていたんだぞっ」

「ち、治癒魔法だ! 急げ!!」

「だ、駄目ですっ! 魔力が、魔力がありませんっ!!」

「馬鹿な……何だ……何なんだ……こ、この魔法はっ!?」


 うふふ。『閃華』は、ハル様とハナ姉様が、私の、私だけの為に創造してくださった魔法です。

 発動こそ難渋しますが、既知の防御魔法(御二人が知られている――つまり、大陸にあるほぼ全てのです)であれば、鋼の花弁はそれと接触した瞬間に同質化。その後、通過します。先程の戦略魔法ですら例外ではありませんでした。

 防ぐには、防御魔法の構築式を弄るか、大魔力そのもので防ぐか、一撃死はないと判断して治癒魔法を連続発動するしかありません。そして、この魔法は傷つけた相手の魔力を喰らい、自らの動力に変えます。それがなくならない限り、私の魔力は減らず、恒常展開されます。凄い魔法なのです!

 襲われた眼前の兵達は随分と混乱しているようです。そろそろ、良いでしょう。

 

 『パラス』を振るい、『鋼』属性中級魔法『鋼壁牢獄』を発動。

 

 聖騎士を除く、近衛兵達を一網打尽にし、閉じ込めます。

 同時に、『炸裂鋼尖』と『鋼尖沼』も周囲にばらまいておきます。

 聖魔士の意識は刈り取りましたが、彼が口にしていた『ジジイ』とは大魔導士の事でしょう。戦略結界を開ける事が出来る人間は他にもいるという事です。

 追撃部隊も近くまで来ているようですし、用心をしておきます。

 閉じ込めた近衛兵達も、恒常的に展開されている身体強化魔法があれば死ぬ事はないでしょう。手加減しましたしね。

 私は、折れた槍を手にし、白い軍鎧を血に染めボロボロになっている聖騎士へ微笑みかけます。


「幾つか質問があります」

「……何だ」

「一つ目は、貴方へ今回の件がどう伝わっているか、です。我が団長達は、カサンドラ・ロートリンゲン様直々の御依頼で、昨日、皇宮に赴いたのですが、ご存じですか?」

「なっ!?」

「聞かされていないようですね。二つ目です。先程、聖魔士が使った薬らしき物は何ですか?」

「し、知らぬっ! あ、あのような物は初めて見た。我等、聖騎士と聖魔士とでは、命令系統が異なるのだ。我等は近衛騎士団長に。グリム達は大魔導士殿指揮下にある。妙な噂は聞いていたが……」

「噂?」

「大魔導士殿が、古帝国時代に用いられた秘薬の複製に成功した、というものだ。……本当だったようだがなっ」

「なるほど。ありがとうございました。では、ご機嫌よう」


 『アテナ』を振り『閃華』を――何です? トマ。

 弟弟子は私の前に立ち、大剣を聖騎士へと向けています。


「うむ……メルの姉御、ここは剣で決着を」

「仕方ないですね。『閃華』には十分、魔力を吸わせましたし……良いでしょう」

「うむっ!! かたじけない! では、聖騎士殿! 最後の勝負といたそうかっ!!」

「……おうっ!!」


 トマと聖騎士が、互いに笑いあい、大剣と、腰から抜き放った剣を構えています。

 ……男の子なんですね、幾つにもなっても。

 そう言えば、ハル様も『ふふふ。男はバカだからね。僕も含めて。女の子からすれば訳が分からないかもしれないけど、笑って許してほしいな』と言われていましたし。ここは、イイ女を見せましょう。

 

 一瞬の静寂。


 ほぼ同時に二人が動き、交錯――剣が宙を舞い、最早見る影もない血に染まった大理石へ突き刺さりました。

 ドサッという音と共に聖騎士が倒れます。

 トマが振り返り目礼。


「うむ! 聖騎士殿。貴殿の剣技、しかと見せていただいた!」

「帝国の聖騎士と聖魔士。確かに大した者です。が……各個撃破すれば、問題はなさそうですね。気になるのは」

「うむ。あの薬であろう。姉御、古帝国とは、あの?」

「そうです。かつて、大陸全土と、南方大陸、極東の一部すら長きに渡って統べていた史上最大の帝国。未だに、その影響で帝国語は世界共通言語です。200年前の『大崩壊』で数十に分裂し、帝国を継ぐ形で残ったのが今のロートリンゲン朝となります。それにしても今更、その名を聞くとは」

「むむ……自らの無知を晒すようで恥ずかしいのだが……その『大崩壊』とは、そもそも何なのだ? 聞けば、その古帝国は強大だったのだろう? 何故、そのような国が分裂を?」

「話は前に進みながらにしましょう。行きますよ」


 トマを従え、先へと進みます。

 破壊つくされた広場を越え、巨大な門を『閃華』で切り裂き、再び皇宮内へ。

 ここから先には間違いなく、先程の二人よりも上位の聖騎士や聖魔士、近衛騎士団団長、そして『勇者』『剣聖』、どうやら今回の件に噛んでいる大魔導士も待ち構えている筈です。気を引き締めなければいけません。


 

 本当の戦いはこれから――この時、私はそう思っていました。

 ……その予感は、最悪の形で的中する事になります。

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