第71話 メル―8
中庭へ侵入する前に準備をします。
左手の『パラス』を振り『鋼鎧機兵』を発動。
前方の魔法陣から、長槍と大楯を持った機械兵24体が姿を現します。
上位聖騎士複数が待ち構えている以上、トマだけに盾役を任せるのは困難でしょう。近衛騎士団団長や、『勇者』『剣聖』がいれば尚更です。
私にはエルミア姉様のような圧倒的な戦闘力がありません。接近戦に持ち込まれれば、戦術的に負けと言えます。
せめて、あの憎らしい『東の魔女』アザミのように、都市全体を効果範囲とするよう努力が今後は必要ですね。
……私もまだまだです。
「うむ? メルの姉御、どうしたのだ? 溜め息などつかれて」
「少し自分の未熟さが嫌になっただけです」
「むむ、未熟? なるほど。冗談だな。流石は姉御。余裕だな!」
「……行きますよ」
「うむ!」
機械兵達を先行させ廊下を歩いていくと、中庭へ近付くにつれて壁や床に大きな亀裂が走っています。そして、唐突に廊下が途切れ目に入ってきたのは――凄まじい力で破壊された廃墟でした。植物が根こそぎにされています。
「むぅ。姉御」
「ええ。どうやら、此処でサクラ達と『星落』が戦闘をしたようですね――間違っていませんか?」
「……バレていたか。流石は『閃華』だ」
哄笑が聞こえ、庭の一角から、数人の男達がぼんやりと姿を現しました。高度な隠蔽魔法ですね。上位の聖魔士がいるのでしょう。
『アテナ』を振るい、『閃華』で容赦なく先制攻撃を仕掛けます。
一帯全体に鋼の花弁が煌めき、閃光の奔流となって襲いかかります。
が……手応えがありません。
「ちっ、囮魔法ですか」
「いきなり襲い掛かるとは、これだから下賤の輩は困るのだ。会話を楽しもうではないか」
そう言って、今度こそ中庭奥から姿を現したのは、長杖を持ち、紫色の帽子を被り、紫色のローブを纏い、気持ち悪い笑みを浮かべている魔法士でした。
その周囲には、白いローブの魔法士――聖魔士が、男女合わせて4人程。杖を私達へ向けながら、各属性の上級魔法を幾つも紡いでいます。
不思議な事に聖騎士がいません。前衛無しで、私達を止めれると?
疑問を感じながらも、男へ言葉を発します。
「会話を楽しみにきたのではありません。貴方はどなたでしょう? 邪魔をなさるのならば容赦はしませんが」
「くくく、噂に聞いていたとおりだな。クラウディオス、帝国大魔導士だ」
「……その大魔導士様は、前衛無しで私達を止められると?」
「まさかまさか。私は、近衛の筋肉馬鹿とは違う。特階位を侮ったりはせぬよ。かつて侮った結果、『天魔士』から生涯の恥辱を味わったのでな……あの笑い声、忘れぬ。だが、奴は強い。余りにも強過ぎる。昨晩の『星落』もそうだ。国家の武力に匹敵する個など……その存在を許す訳にはいかぬ! この機会にまずは貴様達を帝都から排除する。そして、その力をどうやって手に入れたのか、実験させてもらうとしよう」
私を嘗め回すような視線が、心底気持ち悪いです。全力全速で潰しましょう。
――その時でした、大魔導士の陰から一人の青年が姿を現しました。
右手には片手剣。身体には軽鎧を付けています。
大魔導士の前へと進み、こちらを静かな、けれど強い覚悟を持った目で見つめてきます。
「トマ」
「うむ……聞こう! 貴殿は何者か!」
「俺の名はヴァレリー。『剣聖』ということになっている」
「貴方が当代の。御高名はかねがね。ですが……大魔導士と聖魔士四人の支援を受けるとはいえ、一人で我が弟弟子と、私の機械兵全員を抑えられると?」
「無理だな。俺の実力じゃ」
淡々と答える『剣聖』。
ですが、直感は最大限の警戒を発しています。トマも同じなのでしょう。何時になく厳しい顔です。
機械兵達が槍衾を作り、大楯を構え臨戦態勢。
そんな私達を無視し青年は冷たい声で大魔導士へ話しかけました。
「おい。約束は守れよ? あいつには手を出すな。そして、こいつ等を倒したら……解放しろ。守らなかったら必ず殺す」
「くくく。分かっている。『勇者』には手を出さぬよ」
「……悪いな、あんた等。恨みはないが死んでくれ」
『剣聖』は懐から硝子の小瓶を取り出しました。中身は深紅の砂。
先程、聖魔士が使った物と同じ?
……いえ、違いますね。
さっきのそれよりも、もっと禍々しい、恐ろしい魔力を感じます
咄嗟に『閃華』を動かそうとしましたが――『剣聖』は小瓶を一気に呷りました。
「ぐおおおおおおおおおお!!!!!!」
獣じみた雄叫びをあげ青年が変異を開始しました。
軽鎧が弾け飛び、身体が赤黒く染まっていき、身体中に見慣れる古代文字が刻まれていきます。
周囲には禍々しい魔力。これは……堕神かそれに類する呪い?
『パラス』を振るい、機械兵の半数を前進させます。
……背筋に特大の寒気。
渦巻く魔力の中から、深紅の光が見え
「!!?」
「姉御!!」
トマが私の前へ立ち塞がり、斬撃を受け止めてくれました。そうでなければ……。
前進させた機械兵達と、私達の前で防御態勢を取っていた機械兵達が切り裂かれ粒子へと帰っていきます。
全24体の核を、一撃で!?
魔力が収束し、青年が――呪われた『剣聖』が姿を現しました。
その目は濁り、会話が成立しそうにはありません。
「……トマ。最悪の場合、貴方は脱出なさい」
「むむ! 姉御。その言葉そっくりそのままお返しする」
「くくく、脱出などさせぬよ。馬鹿弟子へ渡した古帝国の失敗作などではない。本物の『女神の遺灰』の力、とくと味わうがいい!!」
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