第67話 メル―4
『鋼槍千雨』によって、砕け舞い散った大理石が視界を塞ぎました。
私は、残念ながら感知能力に長けているわけではありませんが、それでも、着弾寸前に多数の防御魔法が発動した事は分かっています。
敵は未だ健在、と判断すべきでしょう。
『アテナ』『パラス』の切っ先を前方へ向けつつゆっくりと重ね合わせ、新しい魔法を紡ぎます。
私達が戦闘を開始して半刻は過ぎています。後方に嫌がらせで敷設してきた罠群も、幾つか発動しているようですし……このままでは、挟撃される可能性があります。とっとと先へ進むとしましょう。
魔法発動前に退避し、私の隣で剣を構えているトマの顔には動揺。
何ですその顔は。
「むむむ……あ、姉御……それは、その魔法は……」
「時間がありません。私達でも、帝都の軍全てと対決するのは自殺行為です。サクラ達と合流することを最優先にします。皆と合流出来れば、たとえ『勇者』や『剣聖』、上位の聖騎士、聖魔士が出てきても対抗出来ます」
きっぱりと言い放ち、更に構築を進めます。
……相変わらず恐ろしく難しいです。一度、発動してしまえば、私の魔力が尽きるまでは継続出来るのですが、双短剣を抜き放っていても一筋縄ではいきません。 流石は、ハル様と我が姉弟子が考案した魔法です。
嗚呼……久しくお会いしていません。エルミア姉様にもお会いしたいですし、この一件が終わったら、お手紙を書くことにいたしましょう。
トマへ目配せをします。鬱陶しいこの砂煙を何とかしなさい。
「うむ。分かった」
大剣を真横に一閃。
突風が吹き荒れ、視界が開けます。
見えたのは――無数に突き刺さっている鋼槍と動きを止めている機械兵達。
兵士達の頭上へ重ねられた多属性の魔法障壁。主力は『石壁』のようです。
……が、その過半は既に崩壊。鋼槍が貫通しています。
仮にも特級魔法です。咄嗟に防御して見せたのは称賛出来ますが、魔法の選択が甘いですね。
大理石の床と、周囲の柱には鮮血。周囲には濃厚な血の匂い。
聞こえてきたのは苦鳴と悲鳴と怒号。
「糞! 糞!! 糞!!!」
「何だ……何なんだ……。傷口が……傷口が埋まらないっ!!?」
「血が、血が止まらない。衛生兵! 急げ!!」
「この槍を抜いて……抜いてくれ……」
「化け物めっ!! 『業火』殿と我等が全力で防御してこれ程の被害を!」
かなり手加減したのですが。死者もいないようですし。
本気ならば、槍先をもっと汚く切れるようにしますし、毒魔法を塗布します。
今回の『鋼槍千雨』は貫通を重視。槍先は鋭くし『鋼』属性中級魔法『呪鋼』を展開しただけ。治癒魔法を全開で使えば、どうとでもなります。
見たところ近衛兵の実力は、階位でいけば全般的に第7階位から第4階位程。指揮官級で、それよりも上。この程度であれば対応出来る筈です。冷静であれば、ですが。
普段は数の力で相手を圧倒しているのでしょう。真の意味で、死戦・悪戦を経験していない事が、混乱を拡大させています。
同時に、私達へ対抗しなければならない、聖騎士と聖魔士が眼前で血塗れになりつつ荒い息を吐いている、という現実が士気を大きく下げる要因ですね。
白い鎧を血で染め、治癒魔法を発動させながら聖騎士が口を開きました。
聖魔士もまた、私へ向けて憎悪の視線を向けてきています。
「貴殿らは何者なのだ……? 特階位とはいえ……余りにも、余りにも強すぎるっ!」
「違いますね」
「うむ。違うな」
「……何だと?」
「私達は強くありません。個としての戦闘力は全体でも中位までいくかいかないか、と言ったところでしょう」
「うむ……悔しいが」
「「!?」」
聖騎士と聖魔士が目を大きく見開き絶句しています。
この二人も決して弱いわけではありません。第1階位は超えているでしょう。
が……特階位には達していません。
先程、聖騎士は第9席と名乗っていましたから、聖魔士もそれくらいなのでしょう。私とトマの相手をするには、隠し玉でもない限り、明らかに格落ちです。
下位でこの程度ということは、上位が複数出てくるか、『勇者』『剣聖』、そして近衛騎士団長と大魔導士が同時にでも出てこない限り、私とトマを阻む存在はどうやらいなそうです。
「私達の師や、姉弟子、兄弟子達、我が団長や『氷獄』はこんなものではありませんよ? どうやって彼女達を拘束しているのか知りませんが、私とこの子に右往左往している貴方達で、何とか出来る子達ではありません」
「うむ。団長は本物の剣鬼だからな」
「無駄話はここまでです。蹴散らさせていただきます」
「くっ!」
「……ジジイの思惑に乗るのは癪に障るが、仕方ねぇ。おっさん」
「何だ!」
「『切り札』を使う」
「『切り札』だと?」
聖魔士が懐から何かを取り出しました。
……親指程の小瓶?
中身は――私がそう思っていると、一気に赤黒い何かを呷りました。
突如として巻き上がる魔力渦と炎。
今までよりも数段上の魔力ですが、それはどす黒く、決してまともなそれではありません。邪悪です。
聖魔士はそんな中でも、憎悪の視線で私を貫きます。
けれど、私とトマの頭にあったのは強い疑念でした。
「むむ? 姉御」
「魔力増強剤にしては強力過ぎます。人の扱うような力では」
「ごちゃごちゃ、言ってんじゃねぇよっ!! ここからが本当の闘いだろうがっ!!!」
そう言いながら、聖魔士が炎魔法を複数展開。先程とは、明らかに威力も規模も違います。
……どうやらあの魔法を構築しておいて正解のようですね。
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