第62話 ローマン

「――申し訳ありません。ローマン様の護衛任務、現時刻をもちまして、私とトマは外れさせていただきます」


 早朝、逗留している部屋――『盟約の桜花』のクランホームに設けられている客室――を訪ねてきた『閃華』は開口一番、儂にそう言った。

 何時もの薄手の服装と異なり、複雑な宝飾が施されている白い軽鎧。その上には輝くやはり白いケープを羽織っている。腰には二本の短剣。そして、煌いている金髪を結い上げるのも橙色のリボン。

 どれもこれも明らかに尋常な代物ではない。おそらくは、あ奴自らが教え子の為に作成した逸品なのだろう。

 ……しかし、どういう事だ?


「勿論、護衛はお付けします。若い子達ですが、シキ家までならば、何ら問題はありません」

「……待て。確かに、仕事は終えたが、儂に戻れ、と言うのか? ハルを待たずに? 帝都へ来ると、書かれていたが」

「はい。お戻りいただきます」

「理由は?」

「私を見ていただければ」


 笑みを浮かべ沈黙。

 『分かるだろう?』と問うてきおる。うちの愚息にもこれ位の胆力があれば。

 儂とタバサの護衛はハルからの依頼だった筈。

 『閃華』があの男を強く慕っている事は明白。

 にも関わらず……その任を放棄し、今の姿。

 導き出される答えは――


「戦か。かなりの大事のようだな」

「昨日、皇宮が何者かに――貴方様にならいいでしょう。おそらく『星落』が襲撃をかけました」

「『星落』だとっ!? まさか……いや、しかし、ロートリンゲン家は、ヴォルフ家と並び、『大崩壊』以前から、ハルと懇意にしていると聞く。それを何故……」

「分かりませんが想像はつきます」

「……何かしらの誓約を破ったか。信じられん」


 ロートリンゲン家からすれば、あ奴は大恩ある存在の筈。

 かつてこの地で何があったかを知るわけではないが……おそらく、帝国建国に関わっているのだろう。

 誓約自体も、無理難題ではあるまい。

 むしろ、帝国へ益をもたらすモノだろう……何故、破ったのだ? 

 帝室にはまだかの『女傑』も健在と聞いているが。


「『星落』は極端な方です。けれど、同時にハル様のことを大変慕われています。許せなかったのでしょう。気持ちは私にも分かります」

「一大事なのは理解した。しかし、それと、お主等が戦支度を整えているのはどう繋がる?」

「これを」

「何だ――こ、これはっ!?」


 『閃華』が渡してきたのは、上質な紙。

 書かれている内容にも驚かされるが、最後に押されている印を見て、思わず声が漏れる。

 

 ――獅子と二本の交差する杖。

 

 間違いない。ロートリンゲン家の家紋。

 末尾には『カサンドラ・ロートリンゲン』と署名されている。

 ……ますます分からぬ。何故だ?


「かの『女傑』が、事態収拾に動いたのは理解した。名指しかつ直筆での、護衛依頼なぞ……余程、喫緊だったのだろうな」

「昨日、届いたこれを確認した後、強大な魔力反応を感知した我々は、直ちに、団長を含む腕利き4人を皇宮へ送りました。皇宮がまだ外観を保っているところを見ると、任には成功したのでしょう。しかし……4人は戻って参りませんでした」


 すっ、と目が細くなった。

 奥に宿っているのは憤怒。

 それを見た時、理解した。

 ……いや、しかし、そんな事をすれば、皇宮どころの話ではない。帝国そのものが危機的状況になるのではないか? 正直言って、阿呆のすることぞ?

 軽く頷き、先を促す。


「先程、近衛騎士団長及び大魔導士の連名で、私とトマへ、皇宮への出頭命令が届きました。何でも、団長達が皇帝陛下の暗殺を企てたとのこと」

「馬鹿なっ! 陛下は血迷われたかっ!?」

「さぁ? これから、私とトマは皇宮へ向かわなくてはなりません。ですから、護衛は出来ないのです。申し訳ありません」

「……罠なのに、行くのか? お主等の実力を儂は知らぬ。知らぬが、幾ら何でも、皇宮は落とせまい」


 こ奴らは強い。正しく、一騎当千だろう。何しろハルの教え子なのだ。

 しかし――聖騎士・聖魔士の一部は西部へ派遣されているようだが、それでも半数以上と『勇者』『剣聖』いる。加えて無数の兵……ただでは済まぬ。

 こちらの懸念を聞いた『閃華』は美しい笑みを浮かべ呟いた。


「『友を、仲間を見捨てては駄目だ。それをすれば自分の中から何かが永久に喪われてしまうから』」

「……それは」

「私には身寄りがいません。天涯孤独です。ハル様に出会うまで、私は独りぼっちでした。けれど今は――友が、仲間達がいます。それを救う為ならば、この命を賭しましょう」

「ハルには」

「お報せしていません。遠からず伝わるかと思いますが」

「ならば、今すぐあ奴に助けを乞え。万難を排してお主等を」

「分かっています。ですが……それは出来ません。この話を聞かれれば、ハル様は……とても悲しまれるでしょう。汚れ事は私達で処理致します」

「しかし」

「もう決めた事です。大丈夫です。皇宮の一つや二つ落とせなくて、ハル様の教え子は名乗れません。ハル様から名付けられた『閃華』の異名、伊達ではありませんから」


 決意は固い、か……。 

 ならば、儂がする事も定まった。


「分かった。武運を祈る」

「ありがとうございます。では」


 そう言って『閃華』は部屋を出て行く。開けた扉の外には長身の『守護者』。

 一瞬、視線が交錯。

 ――うむ、任せておけ。

 直ちにシキ家へ戻る準備をする。



「『閃華』よ、すまんな。お主はハルが悲しむと言った。しかし、それは、お主等が傷ついても同じ事ぞ? ハルは、あの誰よりも優しき男は、自分の身内を助ける為であれば――帝国を滅ぼすことも一切躊躇わぬだろうからな」

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