第63話 ロス

「はっ!」 

「サクラ、うるさい。ロスも止めるべき」

「いやぁ、ははは……」


 サクラの手刀は、数十の結界魔法と分厚い壁を半ばまで貫通し止まりました。

 部屋の外からは、悲鳴と動揺。

 今、僕等は皇宮の一室に監禁されています。お腹の減り具合からして、僕達が意識を失って約一日経過、といったところです。

 牢獄にしなかったのは、恐らく僕等を閉じ込める(物理的な意味でサクラの一撃から)それ程の強度を持つ設備がなかったからでしょう。

 皇宮の部屋ならば、壁や窓硝子等も相当に堅く、兵を配置し易いですしね。

 現に――外には帝国の誇る聖騎士・聖魔士が4人ずつと多数の兵がいます。


「ちっ!」

「無駄。回復に専念すべき」

「分かってるわ。演技よ、演技♪」


 ……いや、そもそも普通は貫けないですよ? 

 『拳聖』なら紙みたいな物なのでしょうが、この姉弟子はいったい何処へ……。

 相変わらず、いや昔より恐ろしくなって……サクラ、僕は何も言ってませんよ。


「……ラヴィーナ」


 サシャは、部屋の隅で朝、起きてから、ずっと膝を抱えて丸くなっています。

 『星落』はこの子にとって、もう1人の先生でしたしね。

 

 ――昨日の戦闘は、僕等にとって予想外でした。

 

 相手が、『星落』だった事は魔力反応から分かっていましたが、いきなり戦闘になるとは……。

 先生は基本的に僕達を縛っていません。

 けれど、幾つかルールを定めていて、その中に『教え子同士の本気戦闘禁止』があります。

 『星落』は、極端な性格ですし、今までも色々な騒動を引き起こしてきましたが、先生を大事に想われています。にも、関わらず何故?

 殺気は一切なく、明らかに手加減もされてもいました。

 しかし……結果は、惨敗。

 躊躇いと周囲にいた近衛の兵士達や、皇族を守りながらだったので実力を発揮出来たとは言い難いですが、そんな事は言い訳です。

 戦略超級魔法『星落』を初手から撃たれていたら、全滅だったでしょう。

 それでも、粘りに粘り……増援を感知した時(今、考えれば甘い考えでした)、流石に退くだろう、と思ったのです。

 先生は寛大で、お優しい。そして身内に甘い。


 けれど、限度はあります。


 これ以上、帝国と衝突すれば、『星落』は破門になる可能性すら……。

 僕が知る彼女は、飄々としながらも酷く寂しがり屋で、先生にかなり依存していました。そんな彼女が、リスクを冒すとは到底思えなかったのです。

 しかし、彼女は……嬉しそうに、楽しそうに、そして――悲しそうに笑っていました。

 そして、優しい声でこう言ったのです。


『ごめんよ。少し強くいくから……死なないでね?』


 空間に展開された魔法の名は勿論知っていました。皇宮の内庭上空が、夜のように暗くなり、空からは無数の光。

 大陸史において、これ程、名高い魔法は早々ありません。

 

 ――戦術超級魔法『流星雨』


 魔法士が設定した空間内へ、無数の小星を召喚、超高速で相手へ放つ悪夢のような魔法。

 躱す事は原則不可能。防ぐ事も困難。

 咄嗟に、四人で数百枚に達する防御障壁を張ったものの……気付いた時には、部屋の中で寝ていた次第。

 生きていたし、外傷もなかったので、防ぎ切れはしたのでしょう。

 訳が分からなかったのはその後です。


『貴様等には、皇帝陛下暗殺未遂の容疑がかけられている。早く自白せよ! ふんっ! やれ、『風舞士』やれ『氷獄』などと言っても、所詮は薄汚い冒険者風情。先頃、『天騎士』『天魔士』などと名乗り、『大陸最強』を標榜する輩が、不遜にも陛下との面談を要求してきたが……貴様等も同じ穴のむじななのだろう!! 『勇者』『剣聖』に一度勝った程度で図に乗りおって……』

『そうだ! 何が『天魔士』……何が『星落』だ! そんな存在は……国家に仇なす『個』など、害悪なのだっ!! 帝国こそ最強でなくてはならぬ。だが……我等は慈悲深く、寛大だ。罪を認め、貴様等が知っている事を全て話せば、多少なりとも罪を減じよう。話せ! 『星落』とは何者なのだっ!!』

『素直に話す方が身の為だぞ。帝国を甘く見るな。私は、あの甘い大宰相とは違う。『古き約束』だと? 馬鹿馬鹿しいっ! そんな事で陛下の御心を惑わすとは……大罪、大罪だ! とっとと、知っている事を話せっ!!!』


 がっちりとしていて、禿げあがっている近衛騎士団団長。

 ニヤニヤ笑う帝国大魔導士。

 そして、帝国の副宰相。今の大宰相の弟だった筈。『古き約束』?

 ……ふむ。

 目配せをすると、リルも軽く頷きました。 

 サシャ、怒るのは分かります。

 ですが、今の僕等の体力と魔力だと、この結界は抜けません。

 なら我慢するしかありません。結界の中には入ってこないのだし。

 何も話さない事に苛立ったのでしょう。僕等を散々罵り、扉が閉まりました。

 リルが呟きます。


『……面倒』

『帝国内部の勢力争いですね。『古き約束』が何なのかは気になりますが。しかし『星落』は何故』

『多分……せんせぃを呼んでるんですぅ。理由は分かりませんけどぉ……』

『先生を? つまり、僕らは……サクラ? どうかしましたか?』


 普段なら、真っ先に反応する筈の我が団長は顔を俯かせて沈黙。身体を震わせていました。激怒して……何です、リル、サシャ、その目は。

 がばっと、顔をあげたサクラの顔は――真っ赤。

 ……そうきましたか。


『ど、ど、どうしよう。と、と、囚われの身になって、あいつに助けてもらうなんて……ま、ま、まるで……私、お姫様みたいじゃないっ! 取りあえず、時々、逃げる振りをしながら、助けに来るのを待てばいいのよね? ねっ?』


 ……メルとトマは僕等の事を聞いたら、すぐに皇宮へ乗り込んで来ますよ?

 彼女達が来たら、脱出しますからね。

 ――『星落』には悪いですが、先生の手を煩わせる必要もないでしょう。皇帝と僕等を呼んだ『女傑』の存念、聞かせてもらいましょうか。

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