第57話 レベッカ―6

 この世界には所謂『神』が存在している。

 人の異名としてのそれではなく本物の『神』が。

 滅多に顕現する事はないものの、一度降り立ち力を振るえば、当然のことながら凄まじく、基本的に人が抗せる相手ではない。

 歴史上、天文学的確率の下と、狂気すらも超えた鍛錬の末、それに対抗し、あろうことか殺した存在もいなくはないが……それは果たして人と呼んでいいんだろうか?

 目の前で呻いている2人を眺める。うん――人ね。

 そう、この2人は生ける『神殺し』だ。

 私が聞いた話だと、ルナは大陸西部にて、とある教団が信者数千人を犠牲に召喚したものの、贄が足りずそのまま荒れ狂った『忌神』を滅したという。

 グレンは、極東において神代から伝わる刀に顕現し、血を求めて小国家を滅ぼした『刀神』を討ったという。


 『神』にも格が存在するのだ。

 

 下級神ならば、人の頂点に位置した存在に後れを取る場合もある。

 その事を、『天騎士』と『天魔士』は私達に証明して見せた。

 しかし――今、巻物に施されている数十の『鍵』を超え、魔力を渦めかせている、女神ともなると話は別。


 『勇者』を導き世界を救った『女神』

 世界に対して戦い挑み敗れた『魔神』

 世界樹の頂上にいるとされる『龍神』


 これら、三神は数多いる『神』達の中でも別格とされている。

 けれど、今この世界に『女神』と『魔神』はおらず、『龍神』を直接見た者もいない。

 『魔神』は『勇者』達によって討たれ、『女神』はその激しい戦いの中で力を使い果たし、『龍神』は――理由は分からないが、ある時期から全く史実に登場しなくなった。

 つまり、私達が生きているこの時代は、三大神不在、というある意味で稀有な時代でもあるのだ。 

 

「やれやれ、もうなんて。流石、と褒めるべきかな?」

「お師匠は~あの子に甘過ぎると思う」

「うむ。師匠、件の黒外套共よりも、奴の方が世界にとって脅威なのでは?」

「ふふ、駄目だよ。そんな事を言っちゃ。あれで可愛いところもあるんだから」

「お師匠~大好きだし、尊敬してるし、命も渡せるし、愛してるけど」

「それには賛同しかねます。師匠の言いつけを破るつもりはありませんが、目に余る」

「ハルさん、その……それはいったい? その巻物の中にあるのは本当に『遺灰』なのですか?」


 タチアナがおずおずと尋ねる。確かにそうよね。

 『女神』が勇者達と共に『魔神』と戦い、その最中に力尽きる話は、絵本の定番。誰もが知っている。

 でも、それを史実だったと信じているのは、余程の信者でもない限り多くはないし、遺されたという『遺灰』の存在ですら、都市伝説みたいなもの。

 まぁ……そんな事を言ったら『涙』や『魔神の欠片』も同じだけど。


「見た方が早いだろうし開けてみようか。ルナ、レーベ、手伝ってくれるかな」

「はーい」

「がんばる」


 ハルが2人に手助けを頼む。ハルが自分の口から『手助け』をだ。

 ……なるほどね。つまり、目の前にある物は。

 タチアナが『盾』を最大展開。グレンも臨戦態勢。私も魔法を紡ぐ。

 巻物にハルの手がかざされ――開いた。

 その瞬間、深紅の魔力が周囲に展開。何かが顕現しそうになり


「おっと、大人しくしておくれ」

「させない~」

「だめー」


 3人に抑えこまれ、魔力が霧散。そして、残されたのは私の親指よりも小さい硝子の小瓶。中には、赤い砂が入っている。

 今、一瞬だけ見えた人影は――え? だけど、これは『女神の遺灰』の筈だ。なのに何で……。

 ハルが小瓶を取り上げる。


「どうやら、本物だね。僕も実物を見るのは久方ぶりだよ」

「やっぱり~一度お説教しようかしら」

「うむ。任せた姉弟子よ。俺は命が惜しい」

「グレン~そんな事を言ってると、ん?」 

「おや? 随分と早いね」


 ハルとルナが反応した。

 この魔力は転移魔法?


「……お師匠~それじゃ、私は帰るね」

「会っていかないのかい?」

「うん~私は嫌われてるから……」

「ルナ、そんな事は絶対にないよ」

「ありがと~今度はお師匠が西都に来て。あの子達も喜ぶから」

「勿論。帝都の問題を片付けたら、そっちへも行くよ」

「楽しみ~」

「ま、待て、ルナ。俺も一緒に」

「姉弟子を見捨てようとした弟弟子は~大姉弟子に虐められるといいよ」

「なっ!? い、一緒にお使いをした仲ではないか! バレたら本気で虐」


「――誰が大姉弟子? それと『お使い』の話、詳しく。吐け」

「人がいない所でお師匠と楽しそうにしてるなんて、いい度胸ね、ルナ。……死ねばいいのにっ」


 見知った声。

 ちっ、『灰塵』はともかくもう帰って来たのね。


「そ、それじゃ~お師匠、またね」

「ま、待っ――」


 焦った声と共にルナの姿は掻き消えた。

 流石『天魔士』。転移魔法も自在なのね。 

 残されたグレンは顔を引き攣らせながら、後ろを振り向く。


「や、やぁ、『千射』それと『灰塵』も。久しいな。元気そうで何より――う、うむ、どうして初手から『千槍』『千楯』と『神葬』を展開しているのだ? ま、待て、落ち着け! 俺とルナは師匠の命で――」

「――問答!」

「……無用!」  


 その後、ハルが止めるまでの間、えげつない虐めが目の前では展開された。

 無数の『千楯』で足を止め、射程外から延々と諸々が撃ちこまれ続ける……ち、ちょっと寒気が……。

 まぁ悲鳴をあげつつもそこは『天騎士』。どことなく楽しそうではあったんだけど。

 でもこれだけは言わせて。原因はエルミアとハナを除け者にした、ハルだと思うわ! レーベばかり撫でてないで、偶には私のことも撫でなさいよねっ!

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