第56話 レベッカ―5

 報告を聞いたハルは少し考えながら、レーベの頭を優しく撫でていたが、静かに口を開いた。


「ルナ、グレン、君達のことだから、皇帝に会えなかったからといって、それだけで済ましてはいないね?」

「ディートヘルムへ伝えるようには頼んできたけど~」

「おそらく伝わらないでしょう。我等に対応したのは、近衛の何席だったのだろうな?」

「多分、近衛第1師団で第10席前後~。大尉だった」

「はっ?」

「え?」


 思わず声が漏れる。ディートヘルムって大宰相よね?

 隣にいるタチアナも唖然とした表情。

 だけどそんな事よりも……対応がおかし過ぎる。

 帝国近衛第1師団第10席で大尉。

 普通に考えれば帝国軍の超エリートなのだろう。

 ……そう、相手が『普通』の冒険者であったならば。

 

 今回、皇宮に行ったのは、誰あろう、『天騎士』と『天魔士』。

 

 実力だけ考えれば、帝国軍最強を謳われている『12聖騎士』や『12聖魔士』よりも数段格上。

 帝国が鬼札扱いしている『勇者』や『剣聖』ですら、『天騎士』に歯が立たず、子供扱いされたのは、帝国にいる人間なら誰もが知っている事実。

 その二人を応対したのが……大尉? あり得ない!


「ハルさん、やはりこれは」

「大丈夫だよ、タチアナ。ルナ、グレン、無駄な時間を使わしてしまったね」

「お師匠の為だから~。あ、帝国を潰す時は私が先陣を切るわ」

「ははは。師匠の前衛は俺だと決まっている」

「では、私はハルさんの『盾』になりますね。レベッカさんが取らないなら『剣』も私が」

「ハルの『剣』は私よっ!」

「レーベも! マスター守る!」


 油断も隙も無いんだからっ!

 やっぱりこの子、侮れないわね。気を付けないと。


「ふふ。ありがとう。ただ、帝国へ何かをする気はないよ。少し寂しいけれど、それだけ時間が経った、という事さ。100年単位の時間は長いからね。だけど――この件は別だ。捨て置けない」


 そう言うとハルは胸元から、二片の黒い宝石を取り出した。

 ……これが『魔神の欠片』ね。

 伝承では十三片に分かれたらしいけど、今所在が分かっているのは、目の前にある二片と、例の黒外套達が持っていた一片。残り十片は不明。

 迷宮都市での戦闘を思い出す。

 最後の相手は、僅か一片で出現した。複数集まれば……。 


「迷宮都市の件で、タチアナとレベッカは分かったと思う。これは、あの子達が復讐の為に使うような代物じゃない。下手をすれば……いや、下手をしなくても簡単に世界を滅ぼしかねない。本意ではないけれど、僕が十三片を集めようと思う」

「制御は~?」

「理論上は可能だよ。ハナとも一緒に試験済み。杖本体はネイ達に頼んである。核にはこれを使うよ」

「そ、それって~! ……お、お師匠! 遂に、遂に、世界を!? 私、頑張るっ!!」

「ルナ、悪いけど、そんなつもりはないよ。単に僕が楽したいだけさ」

「えぇ~ぶーぶー」

「……師匠、楽をする為だけに持ち出す代物ではないのですが」

「最終的に十三片を制御するんだ。そこまで過剰じゃないさ」

「そう言われれば、そうですが……」


 ハルがテーブルに置いたのは、ローマンとが磨いた『女神の涙』。静かだけれど凄い魔力が渦巻いている。

 ……帝都で見た時も思ったけど、これ本当に『涙』なの?

 私にはとてもそう見えない。

 まるでこれは――


「ハルさん、杖の作成状況は何かその後?」

「何もないよ。ローマンとタバサは仕事を終えた、と伝えがてら聞いてみよう」

「お師匠~意地悪な顔してる」

「う……トラウマが……」

「そんな事はないさ。さて、ルナ、グレン」

「なに~?」

「はっ!」

「さっきも言ったように『魔神の欠片』をこれから集める。君達は、他の誰よりも多忙だとは思うけれど……」

「お師匠~」

「師匠」

「一言、命じて~」

「そうです。『世界を敵に回しても、全てを集めよ』と!」


 2人は満面の、同時に凶悪な笑みを浮かべ、返答を待っている。

 ……冗談に聞こえないわね。

 タチアナ、何よ、その目は? 私はあんな風じゃないわ。そんな事言ったら、貴女だって同じでしょう?


「ふふ、まったく困った子達だ。では、お願いするよ。ああ、世界は敵に回さないように」

「は~い」

「くくく……かなり面白そうなのですがね」

「駄目だよ。案外と大変だから。これはハナ達がまとめてくれた、『欠片』が飛び散ったとされる地域予測と、それにまつわる伝承と推察だ。後で読んでおくれ」


 『灰塵』達のレポートは私も読んだ。

 どうやら『欠片』は帝国全土どころか、大陸中に飛び散ったらしい。

 これを探すのは骨が折れるわね……。

 ルナがレポートをパラパラとめくり、呟く


「帝国・王国・自由都市同盟付近は~カバー出来るけど極東は……あの子に報せると大変だと思う」

「うむ……」

「極東? あ」

「レベッカ? どうしたんだい?」

「これ、ギルドに届いてたハル宛の荷物なんだけど」


 テーブルの上に巻物を置く。

 ハルが手をかざすと――空中に文字。手紙のようだ。

 ……え? 何? これ、どういう意味? 

 同時に『女神の涙』が美しい光を――を放ち始める。

 2人の顔が引き攣った。


「うわぁ~……」

「な、何て物を送ってくるのだっ!? 師匠の手に『女神の涙』があることはあいつも知っていように……」

「ハル?」

「ハルさん?」

「ルナ、グレン。時既に遅しのようだね。そして……どうやら、僕はあの子達黒外套を少し甘く見過ぎていたみたいだ。『魔神』だけじゃなく、か。2人は初めてかな? これはね、こういうんだよ――」



 そう言ってハルは呟いた。『女神の遺灰』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る