第55話 レベッカ―4
普通の人間なら、骨すら残らない攻撃を受けながら、男は上機嫌に笑っていた。
それを見ているハルもどことなく嬉しそう。
……別に嫉妬なんかしてないわ。
「ハハハ、見事にやられました! 『死』を感じたのは久方ぶりです。そのような隠し玉をお持ちとは。まだまだ敵わぬようです」
「ふふ、グレン。君はもう僕を超えているよ。身のある稽古をしたいなら、僕は会った事はないけれど、当代の勇者君や、剣聖君を鍛えればそれなりにはなるんじゃないのかい?」
「あの者達ではとてもとても。それ以前に……。師匠こそ御謙遜が過ぎます。今の俺ならば徒手の貴方には勝てましょう。しかし、その子が傍にいて『月虹』を抜かれ、ましてアレまであるのでは、決死の覚悟が必要です」
「決死なら勝てる、そう踏んでいるじゃないか。ルナ、この弟弟子に何か言ってあげておくれ」
ハルが苦笑しながら、ルナへ話を向ける。
紅茶を飲んでいたドワーフの少女はカップを置くと静かに声を発した。
「グレン」
「な、何だ」
「……何時、何処で、誰が、お師匠の首を狙っていい、と許可したのかしら? そんなに遊びたいのなら私達全員で……ねぇ?」
「待て。待ってくれ。言い方が拙かったのは謝罪する。それ位の覚悟を持って挑む、という意味だ。誰が師匠のお命を狙うものかよ。第一、そんな事をしたら……『千射』や『星落』に何度殺されかけるか。いや、殺されてもなお、殺されてしまう!」
「あ~それは大丈夫。お師匠に手を出したら私が真っ先に消、わぷっ」
「ルナ、顔が怖くなっているよ? グレン、君も言葉遣いには気を付けよう。君は騎士の中の騎士、『天騎士』なんだからね」
「はっ……御忠告有難く」
「ルナも自覚をしよう。魔法士の中の魔法士、『天魔士』たる自覚を」
「……は~い」
「うん、二人ともいい子だ。それと、レーベ」
『天騎士』と『天魔士』が同時に注意を受ける、か。
称号の意味を知ってる人間なら卒倒するわね、きっと。
まぁ私にとっては、レーベがさっきからハルの腰に抱き着いたまま顔を上げない方が一大事(頭を優しく撫でられているのはちょっとだけ羨ましい)。
それにしても派手にやったわねぇ……荒野一面、綺麗にしてまぁ。丘みたいな岩もあったのに。
七属性特級魔法を同時発動してるから当然と言えば当然だけど。
――恐ろしいのは、グレン。
半瞬だけズレた同時発動の合間に、七つの魔法を斬ってみせた。
そして、当然のように無傷。
……人間業じゃないし、神業の領域も軽く超えている。
「ありがとう。助けようとしてくれて。大丈夫だよ。僕はそれなりに強いからね」
「……マスター、わたしいらない子?」
「レーベがいてくれて僕は嬉しいよ。今度は、きちんと助けてもらうからね」
「……うん。わたし、がんばる!」
「いい子だ。さて、ルナ、グレン。お使いはどうだったかな?」
「は~い」
「はっ」
レーベは嬉しそうに頷き、またハルに抱き着いた。ああ、私も――こほん、良かったわ。
……お使い?
横に座っていたタチナアが口を開いた。
「ハルさん、そのお話を私達も聞いてよろしいのでしょうか?」
「勿論だよ。タチアナもレベッカも、僕の身内だからね」
「ハルさんの身内ですか、ふふ。ありがとうございます」
「……ハル、私は貴方の教え子なんだけど? どうしてタチアナの方を先に呼ぶ訳?」
「あら~『雷姫』ちゃんは、もっと大きな器だと思ってたわ」
「なっ!?」
「ルナと『雷姫』止めろ。師匠、御伝言の件ですが」
「うん。駄目だったかな?」
「……はっ。申し訳ありません。『断られたら、伝えなくて良い』とのことでしたので」
伝言?
大陸最強の『天騎士』『天魔士』が何かを伝える為だけに?
……嫌な予感。大方、迷宮都市の一件絡み、ね。
でも、それを断るって余程、頭悪いような。
「お師匠~強攻して直接渡した方が良かった?」
「ルナ、そうしたら帝国相手の
「おお! そいつは面白そうですなっ!」
「グレンも、すぐいきり立たない。でも、そうか……皇帝には会えなかったか」
一瞬、ハルは少し寂しい表情を見せた。
――まただ。迷宮都市でも見せた、あの表情。
心臓がぎゅっと締め付けられる。
それと同時に、湧き上がってきたのは強い怒り。
許せない――この人は、私の師匠は、私が大好きな人は、何時も笑っていないと駄目なのだ。
子供じみた、馬鹿みたいな願いなのは分かってる。けどっ!
「ハルさん、どういう事なのでしょうか? 状況が飲み込めません。ルナさんと、グレン様がお会いになろうとしたのは、皇帝陛下だったのですか?」
「そうだよ。ハナから何も聞いていないかな?」
「……はい」
「ふふ、何でもない話さ。昔々、僕がまだ育成者じゃなかった頃、ある人と約束をしてね」
「約束、ですか?」
「そうだよ。『もし、またこの国に何かが起ころうとしている時は忠告を。その代償として帝国は最大限の配慮をする』ってね」
「そ、それだけですか?」
「それだけだよ。何度かあったかな? 数えた事はないけど」
「お師匠は~私が知る限り、『大崩壊』以降、帝国亡国の危機を六度救ってるわ」
ルナが心底誇らしそうに告げる。
六度……つまり、ハルはやっぱり。
でも、長寿の種族なんていっぱいいる。私も若返り薬とか集めればいいだけだ。
あれ? だけど確か
「ねぇ前、皇帝の信任状は持ってたわよね?」
「あれは先代のだよ」
「……それって」
先代までは、ハルの名前を出すだけで、すんなりといったものが、駄目になっているって事? 確か当代になったのって、10年も経ってないんじゃ。
タチアナが苦虫を噛み潰した表情で、私と同じ結論を出す。
「詳細は分かりませんが、当代の皇帝にはハルさんのことが伝わっていないのでしょう。……これは、荒れますね。間違いなく」
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