第52話 レベッカ―1

「レベッカさん! お戻りになられたんですね。お元気そうで何より――え?」

「先日ね。久しぶり、ジゼル。貴女も元気そうで何よりだわ」

「あ、あの、レベッカさん」

「何?」

「つかぬ事をお伺いするんですが……そのお子さんはどなたですか?」

「ああ、この子はハルの遠縁の子なのよ」


 今、私達がいるのは辺境都市の冒険者ギルド。時刻はお昼前。

 例によってハルのお使いだ。それと


『レーベと一緒に行ってきておくれ。姿を隠すのは禁止で。帝都へも行くし、人に慣れてほしいからね』


 それを聞き涙ぐんだこの子の『ママ……』に、屈しそうになったけれど、ここは我慢。私もこの子と一緒に外を歩いてみたいし。

 ……決して、ハルが渡してきた子供服(どれもこれも可愛い!)の誘惑に負けたわけではないのだ。明日は、どれを着てもらおうかしら?

 知ってたけど裁縫まで玄人以上だなんて……私を悩ませてどうするつもりなの!

 

「うわぁ、凄く可愛い子ですね。服も、細かい刺繍が入ってて似合ってます。髪の色といい、何処となくレベッカさんに似てるような……お名前は何て言うの?」

「――レーベ」

「レーベちゃんかぁ。とってもいいお名前ね。私はジゼルっていうの。これからよろしくね」

「ありがと、ジゼル」

「はぅ」


 ジゼルが床に突っ伏し、手で床を叩いている。

 駄目よ、レーベ。こんな人に興味を持つんじゃありません。見ちゃ駄目。

 ちょっと! 私のレーベに変なものを見せないでっ。


「か、可愛すぎます……だ、抱きしめてもいいですか?」

「駄目よ。とっとと、荷物を渡して。帰って、この子に絵本を読んであげないといけないんだから」

「ええー。レベッカさんのケチー。久しぶりに会ったんですから、私に飴をくれてもいいじゃないですか! ね、レーベちゃんもいいよね?」

「ママ」

「駄目よ」

「駄目?」

「だ、駄目よ。そ、そんな顔をしても」


 無言の視線。くっ。

 ……ジゼル、それで真似してるつもりなの? レーベの方が10000倍は可愛いわ!


「ママ、お願い」

「……今回だけよ」

「ありがと。ママ、大好き」

「はぅ」


 膝から崩れ落ち、床を叩く。

 嗚呼! この子、何でこんなに可愛いの!? 天使、天使なの?

 この子の為だったら、龍だろうが、悪魔だろうが、それこそ魔神だろうが倒してみせるわっ!

 私が意気込んでいると、ジゼルが優しくレーベを抱きしめる。ちっ。


「ああ……浄化される気がします。先輩が仕事をしてくれない、とか、突然長期休暇を取るとか、全然興味も何もない男から誘いを受けるとか……ハルさんまで、迷宮都市に行かれてしまっていて、最近、癒しが足りなくてやさぐれてたんですけど……凄いです。レベッカさん、レーベちゃんを私にくださいっ! 勿論、ハルさんも一緒に!」

「駄目に決まってるでしょ! どっちも私のよっ!! レーベ」

「ん」

「あ、ああ……」


 ジゼルの腕から抜け出し、レーベがこちらに駆けてきて――通り過ぎた。え?

 一瞬、茫然。慌てて後ろを振り返る。

 するとそこには、信じられないような美貌の女剣士に抱き着く愛娘の姿。


「タチアナ」

「あら? どうしたの、レーベ。こんな所に一人でいちゃ駄目じゃない。ハルさんと一緒なの?」

「ママ」

「ママ? ああ――こんにちは、レベッカさん」

「……『不倒』のタチアナ。どうして、貴女がここに?」


 彼女のことは、先日、迷宮都市で実際に会う前から知っていた。

 私より一歩早く、特階位に登り詰めた美貌の剣士にして、迷宮都市最強クラン『薔薇の庭園』副長。

 帝国近衛から破格の待遇で勧誘を受けながら『興味がありません。所属して強くなれるとも思いません。私には目標がありますから』と言って断ったとも聞いている。当時、帝都の報道を随分と賑わせたものだ。

 

 数日しか一緒にいなかったけれど、分かる。彼女は私の恋敵だ。

 

 しかも、物凄く強敵。黒龍よりずっと手強い。

 レーベは、ハル以外だと私とあの『灰塵』、そして彼女にしか基本懐いていない。これからはそこにジゼルが加わるのかもしれないけど……。

 あと、これが本題。とにかくハルから買われているのだ。

 そもそも彼女は正式な弟子ですらない。にも関わらず、ハルお手製の魔法剣とリボン、そして例のイヤリングを貰っている。

 

 『灰塵』曰く『剣とリボンを貰ってるのも異例中の異例だけど、あのイヤリング――転移石付のを貰ってるのは、タチアナ以外だと、『本喰い』と『東の魔女』。それと転移石自体を貰った『拳聖』くらいよ。私だって持ってない。あれがあれば、すぐお師匠の所に行けるのにっ!』


 聞いた瞬間、嫉妬の余り、殺意を覚えたのは仕方ないと思う。

 ……私は2年も会えなかったのに。ズルい。

 理不尽なのは分かっている。彼女はとてもいい人だ。

 だからと言って、馴れ合おうとも思わない。


「単なる休暇ですよ。『大迷宮』の再開も当分先なので。この際だから、クランも長期休暇にしました」

「そのこと『灰塵』は」

「勿論。後から合流してきます。ですが御存知の通り、今は帝都。つまり――ね?」

「ああ――そういうこと」

「「うふふ……」」


 

 ただし、彼女とは共闘も出来ると思う。

 何しろ敵は多い。

 しかも、強敵、難敵、大ボスばかり。単独で抗戦しても勝ち目はない。

 ならば――ほら? 敵の敵は味方ともいうわけだし、ね。

 ところでジゼル……さっきから「レーベちゃんは、ああいう大人になっちゃ駄目よ? 目指すなら、私にしておいてね」と私のレーベに言い含めているのはどういう意味なのかしら? 説明してもらえる?

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