第4章 古き約束

プロローグ

 帝国首都、帝都は大陸最大の都市である。

 人口は軽く100万人を超え、未だ年々増加し続け、それに合わせるように都市もまた拡大をしている。

 他の国家ならば、インフラ整備に頭を悩ますところだろうが、そこは帝国。有り余る財を用いての大規模公共投資が行われており、今のところ大きな問題は発生していない。

 急速にその姿を変えつつある帝都ではあるが、変わらないものもある。

 

 一つ目は、都市中央部にある『陽光教』の大教会。

 かつて人類の生存を賭けて行われた『魔神』との大戦。その戦勝記念として建立されたもので、礼拝日には多くの信者が祈りを捧げる。

 二つ目は、『十大財閥』その頂点にして最古『武器蔵』ヴォルフ家の大邸宅。

 帝都東側に集められている大貴族や、それに伍する者達の邸宅の中でも、とりわけ巨大かつ、物々しい。

 そして三つめは――誰あろう、帝国皇帝が鎮座している皇宮である。

 真っ白な大理石が美しく光り輝き、豪奢なそれは、帝国の圧倒的な国力を他国へ示すものとして、200年の長きに渡り、人々を瞠目させてきた。


 当然のことながら、皇宮に入ることは難しい。

 普通の民間人で、約束無しに入る許可が出るとすれば、『十大財閥』乃至はそれに匹敵する者。

 そして特階位。その中でも、国家に認められる程の武力を備えた者だけである。


※※※


「お待たせした」


 部屋に入った時、不覚にも自分の声が震えているのが分かった。

 皇宮内――皇帝陛下とご家族の方々、そして国家の重鎮がおわす領域手前に設けられた近衛騎士団の待合室に座っていたのは、男女が二人。

 男性の方は人族だろう。最近、帝都で流行している黒のスーツ姿。細身だが、極限まで無駄な物を削ぎ落し鍛え上げられた肉体。武装は規定通り預けているようだが――侵入を試みられたら止める術はないだろう。

 近衛騎士団第10席である自分をして『圧倒的』という言葉しか思いつかない程の差を感じる。

 女性――いや、少女の方は、茶色の髪を後ろで一つに束ねているドワーフ。楽しそうにこちらを見ている。それだけ見れば、とてもではないが、こんなところにいるようには見えない。

 しかし、自分はこの少女が何者を知っている。対応を誤れば、抵抗することも出来ず塵にされるだろう。

 ……余りにも荷が重い。団長級が対応すべき案件なのではないか?

 何故、上層部はこんな決定を。だが、命は下されている。

 不満を押し殺し、口を開く。


「本官は近衛第1師団所属、オスカー大尉だ。『天騎士』殿と『天魔士』殿とお見受けする。御高名はかねがね――して、今日はどのような御用件か。御存知の通り、皇宮内への立ち入りは極めて厳格。これ以上は事前の約束がなければ御二方とはいえ難しい」

「ほぉ……」

「へぇ……」


 部屋の空気が極端に重たくなる。

 ぐっ……殺気すら放たず。万が一を考え、外に部下たちを待機させているが……これでは徒手相手であっても数秒すら稼げぬ。

 『天魔士』が口を開く。


「一点だけ聞いていいかな~?」

「……何だろうか?」

「それは~……皇帝の意思と理解していいのよね?」


 っ!?

 い、息が……な、何だ、これは魔法、なのか?

 混乱する中、空気が軽くなり、喘ぐ。


「がはっ、はっ、はっ……」

「あれ~? 私、何もしてないけど~? ただ聞いただけだよ~?」

「止めておけ。彼とて、上官に押し付けられただけなのだろう。彼と彼の部下達に罪はない。安心してくれ。剣を抜かない限り何もするつもりはないよ」

「!?」


 部下達の存在までバレているとは――化け物共め。噂は本当ということか……。


 『天騎士』

 それは前衛系最強の称号。目の前に座るこの男こそ、大陸に数多いる前衛達の頂点にして、絶対の存在。

 

 曰く『一振りで地を切り、海を割き、空を裂いた』

 曰く『極東において神すら屠った』

 曰く『当代の勇者・剣聖を同時に相手し、かつ子供扱いした』

 

 余りにも強過ぎ、稽古相手にすら事欠く程の騎士であり、大陸最強最大の傭兵団団長でもある。


 『天魔士』

 それは後衛系最強の称号。一見、何処にでもいるようにしか見えないこの少女と敵対し生き残った者は存在しない。

 

 曰く『反乱を起こした侯爵家の魔法士師団を単独で全滅させた』

 曰く『名前を聞いただけで、龍や悪魔が逃げ出した』

 曰く『魔法絶対防御を持つことで知られる魔狼を魔法で倒した』


 魔法の深淵に立つ、とすら評される魔法士の中の魔法士。普段は、西都を根城にしてると言われているが、詳細は不明。

 奥歯を噛みしめ、聞き返す。


「それはどういう意味だろうか? 皇帝陛下の御意思とは?」

「え~そのままの意味だけど。ふむ。ねぇ」

「そうだな。大尉。どうやら無駄足のようだ」

「はっ?」


 呆気にとられるこちらを後目に、2人は立ち上がり扉へ向かう。

 ……直感だが非常に嫌な予感がする。


「お待ちをっ! 何かしら重要な事柄あって来られた筈。それはいったい?」

「ん~どうしようかしら。ねぇ、グレン?」

「うむ、どうしたものかな。ルナ、お前が決めてくれ。姉弟子だからな」

「え~。仕方ないわねぇ。ディートヘルムは知ってる?」

「はっ? それは……大宰相殿下のことだろうか?」

「そ~。あの子にこう伝えておいて」


 

 伝言を残し、二人は去って行った。

 どっと、恐怖が襲ってくる。とてもじゃないが立っていられない。

 椅子に深々と座り、考える。これをどうしろと言うのだ?

 あの魔女はこう言い残していった。



に従い、二人を遣わした。受けるも、受けぬも、君達次第』 

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