第47話 ハナ―2

 私が放った『黒葬』の直撃を受け、『多頭蛇ヒュドラ』は苦鳴。声が出ない筈の『首狩骸骨騎士』も、鎖を必死になって切ろうと巨体を軋ませている。

 

「無駄にしぶといわねぇ。とっとと、死ねばいいのに」


 ちらりと、『水晶大蜥蜴』を見る。タチアナがいれば大丈夫だとは思うけど。

 ――うん、大丈夫そうね。

 一瞬、視線が交錯。

 

 『ハナ、そっちは任せます。私達はこいつを』

 

 分かってるわよ。まったく! うちの副長は、団長使いが荒くて困るわね。

 『冥鎖』で二頭を更に締め上げ、連射を継続。

 階層ボス級になると、強大な魔力障壁と高い魔法耐性を持つのは当たり前。

 加えて目の前の二頭は、尋常なじゃない再生能力まで併せ持っている。

 

 ――けど関係ない。

 

 要は縛りつつ、距離を取って死ぬまで撃ち続ければいい。簡単な作業。

 合間、合間に反撃の水と闇属性の上級魔法が降ってくるけど、自分で迎撃する必要もない。全て杖とケープの自動障壁が無効化。相変わらず凄い。

 二頭に隠れつつ、此方を窺っている黒外套を見る。

 視線が交錯。その表情には先程までとは違い、余裕無し。

 あら? そんな程度? 

 私からこの子を奪おうとする輩が? 

 お楽しみはこれからなのに?

 ……へぇ。


「『黒死の風よ、吹け』」


 理由は知らない。知りたくもない。知る必要もない。

 だけど……あんたは私の逆鱗に触れたわ。


「『冥府の風よ、在れ』」


 私にとって、お師匠は全てだ。

 生きていく術も、戦い方も、魔法も、知識も、言葉も、笑い方も、歌い方も、歩き方も――そして、名前も。

 全部、全部、あの人からもらったものだ。

 あの時、お師匠に拾われなかったら、私とあいつは間違いなく絶望の中で野垂れ死んでいただろう。


「『煉獄の風よ、舞え』」


 だから――許せない。

 お師匠がくれたこの子を奪おうとする輩を。

 『七月七星』が私の想いに呼応。緋色の輝きを放つ。うん、そうよね。

 右手を真横に振り魔法式を構築。『大迷宮』入り口を中心に照準を定める。


「ハナ!」

「おいおいおいっ!?」

「止めろ!! 『大迷宮』の中にはまだ人がっ!!」


 右翼側で『水晶大蜥蜴』と切り結んでいたタチアナ達が、こちらの魔法に気付き叫ぶ。

 左翼側で悪戦している有象無象共も何か喚いている。が、剣戟と魔法、そして二頭の階層ボスが放つ咆哮で聞こえず。ただ、いい言葉じゃない。

 

 ……失礼ねぇ。

 

 完璧な限定発動は出来ないわよ。

 けど、それは超級魔法だけ。これ位の魔法なら大丈夫……多分ね。

 タチアナ――何よ、その呆れた表情は。  


「『古の炎よ、来たれ』」


「ぼ、僕を守れっ!」


 焦りを深めた様子で、黒外套が命令する。

 今更遅いし、悪手。

 背を向けた『水晶大蜥蜴』に、タチアナ達の攻撃が殺到。

 障壁と硬い身体を切り裂き、血しぶき。人の身体程もある尾をヘタレが双剣で切り裂き、斧馬鹿の全力を込めた一撃で切断。

 いい攻撃だわ。ヘタレはお師匠の剣が凄いんだろうけど。

 タチナア、流石に睨みすぎ。

 他の二頭も戦闘中で戻れていない。

 そこそこやるわね。倒せないまでも抑え込む位は出来る、か。

 あ――もう来た。早いなぁ。

 

「『汝、龍滅せし炎なり』


 『六腕一つ目巨人サイクロプス』に城壁上から狙撃。巨大な左腕の一本が吹き飛び、宙を舞う。

 『一射』? 

 ……釘を刺しておかないと。タチアナの時みたいな愚はおかさないわ、ええ。


「『汝、悪魔滅せし炎なり』」


 『四角暴走雄羊』に流星雨の如く『紅蓮』が襲いかかり、動きを止める。

 炎の形態変化。何時の間に。


「『汝、堕ちし勇者滅せし炎なり』


 上空から飛翔体が急降下。ぐんぐん加速し、一本の槍と化す。

 魔力障壁を貫き、衝撃音と共に『水晶大蜥蜴』の背に突き刺さった。巨体が大きく震えている。

 もうっ! 三人ともなんてっ!

 はぁ、若い子を教えたがるのは病気ね。

 さ、私も落とし前はつけないと。

 最後の詠唱。


「『我は命ず。汝、三風纏う滅びの炎たれ、と』」


 あの人が苦笑、同時に喜んでいる。

 ――嬉しい。

 我ながら単純。

 黒外套が、叫び声をあげる。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 幾ら『魔神の欠片』を使ってるとはいえ、この規模の魔法を、しかもドワーフ如きがこんな簡単に構築出来る筈ないっ!!!」

「はぁ? 何を言ってるの? 私はそんな物持ってないわ」

「!!?」

「ああ、勘違い? ……どうでもいいけどね。とっとと、消えなさい。皆、巻き込まれたくなかったら、各自下がるように」

「ふざける――」



「『滅葬』」


 

 炎属性特級魔法を発動――閃光を左から真横に走らせ、階層ボスごと全てを薙ぎ払う。

 直後、轟音と衝撃波と凄まじい熱波。『大迷宮』の入り口付近一帯は猛火に包まれた。

 手応えあり!

 限定発動も上々。周囲の城壁とかも……直せる範囲。

 呆気なさすぎ。暴れ足りない!

 周囲を見ると……何よ? 文句があるわけ?


「ハナ、やり過ぎよ」


 タチアナが手を額にやり、天を仰いでいる。

 『神葬』や『灰塵』、『虚月』とかを撃ってないだけ、自重してるじゃないっ!

 後方を振り向く。


 ――私は油断していた。

 

 何しろ『滅葬』はとっておきの一つ。

 得体の知れない相手ではあったけれど、倒せないとは思いもしない。


 突如、猛火を切り裂き無数の剣が私へ殺到。


 咄嗟にで迎撃。

 数十の障壁と剣の群れが衝突。この感じ……強い。

 ――悪寒。

 複数の特級魔法が展開されている。マズい。

 猛火の中で、三本首の生物が咆哮。同時に三つの特級魔法が発動。

 漆黒の光が、削られていた障壁を貫通――その時、優しい声が聞こえた。頭には温かい手。

 『千楯』が前方へ展開され光を散らしている。



「ハナ、その子を大事にしてくれてるのは嬉しい。だけど、自分の事も大事にしないと駄目だよ? 後でお説教だ」


 

 ……ごめんなさい。助けてくれてありがとう。

 でも、お説教は嫌っ! お説教中のお師匠、意地悪なんだもんっ!

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