第46話 カール―2

「階層ボス――しかも同時に五頭だと!?」

「……カール。幾ら俺でも、少しばかり神ってやつに祈りたくなるんだが?」

「……ブルーノ。奇遇だな、俺もだ」

 

 友と軽口を叩き合いながら、大広場にいる戦力を考える。

 『不倒』とあの魔女が特階位。

 俺とブルーノ、そして四大クランの団長達が第1階位。

 他に第2階位が7名と第3階位が8名。

 これだけの戦力があれば、1、2体なら同時にでも対処出来るだろう。

 だが……予備の双剣をきつく握りしめる。

 視線を腰につけているアイテム袋へ。奴から渡された物など使えない。

 俺の葛藤を他所に、『不倒』が口を開いた。


「――ハナ」

「そうね。ちょっと本気でやるわ」


 魔女が片腕を軽く振ると、机と椅子が消失。

 その手には長杖――噂に名高い『七月七星』。

 肩からは翡翠色の美しいケープ。幻の王蚕製と聞く。

 ……魔女も本気か。


「聞きなさい。私とタチアナで、『多頭蛇ヒュドラ』『首狩骸骨騎士』を殺る。斧馬鹿とそこのヘタレ、『水晶大蜥蜴』を何とかしなさい」

「なっ!? おい、斧馬鹿ってのは」

「君に決まってるでしょ? ヘタレ、無駄に悩んでいると……死ぬわよ?」

「……分かっている」

「そ、別にいいけど。時間稼ぎだけしてくれればいいわ。他の有象無象達、残りを何とかなさい。出来ない、なんて言わないわよね? ほら、あんた達が何時も権利を主張する階層ボスは目の前よ」


 魔女が傲岸不遜に言い放った。

 各人からは怒気。

 が、見向きもしていない。字義通り眼中にないのだ。


「ああ、面倒……いっそ『灰塵』一発で綺麗さっぱりと」

「ハナ、駄目よ。ハルさんみたいに、完璧な限定発動は出来ないんでしょ?」

「あれはお師匠がオカシイのっ! あの魔法を限定発動で使う、っていう発想そのものが変――ねぇ、何をメモしてるの?」

「後で、ハナがハルさんを変って言ってました、ってお報せしようかなって」

「……ターチーアーナー……」

「ふふ、冗談よ。きっとすぐ来られるわ」

「そうね――ところで、焼く前に聞いておきたいんだけど」

「僕かい? 君、少しは緊張感を持ってほしいな! 分かってるのかい? 絶体絶命、ってやつだよ?」


 魔女が、謎の少女に剣呑な声をかける。 

 対する回答は嘲笑じみたもの。


「あんた、何が目的でこんな事をしたの?」

「馬鹿だなぁ。教えるわけないじゃないか。教えてほしかったら、さっきも言ったようにこの子達を、っ!?」

「分かった――なら、焼き尽くした後で考えるからもういいわ」


 魔女の周囲に、七つの炎魔法が即時展開。

 一斉発動。次々と階層ボスへ炸裂し、黒い炎を巻き上げる。その中からは苦鳴。

 この感じ――炎属性の上級にして、おそらくはあの魔女の独自魔法『黒葬』。2年前を思い出す。

 此方の躊躇を他所に『不倒』は距離を詰めるべく、走り出した。速い。

 

 ……出遅れたっ。

 

 そう思うより早く、身体は動いていた。

 横をブルーノが並走。目配せすると、軽い頷きが返ってくる。

 100層討伐戦以来の付き合いだ。連携は十分に取れる。

 黒炎を振り払う巨大な影――流石にあれだけでは倒せないか? 


「もしや、大当たりかな? そうなのかなっ!? これ程の魔法を軽々操る……迷宮都市大手クランが持っていると聞いていたけれど、もう発見出来るなんて、僕はなんて運がいいんだ♪」

「はぁ? いいから、早く死になさいよ」

「嫌だね。君が持っている、その杖――貰うよ」



「……今、何て言ったの……」



 ざわり、と背筋が冷たくなる。

 魔女の声から感情が消失。

 ……何故、杖を狙う?


「カール! 考えるのは後にしろっ!!」

「っ、分かっているっ!」


 目の前に迫るあちこちの水晶が剥がれ落ちている『水晶大蜥蜴』の巨体へ、双剣を振り下ろす。

 その恐るべき耐久力を考えれば生半可な一撃は通らないかもしれないが……魔女の魔法を受け、再生が間に合っていない今ならばっ!

 

 が……金属音と共に呆気なく予備の双剣は半ばから折れた。何という防御力。

 

 咄嗟に風魔法を展開しつつ、後方へ跳ぶが、鋭利な水晶で武装された尻尾が迫る。これは――躱せない。


「何をやっているんですか、貴方らしくもない」

「らしくねぇぞ。集中しろ!」


 目の前で尻尾は壁でもあるかのように空中で停止していた。

 背を向けて立っていたのは『不倒』。何時いかなる時も可憐かつ、誰よりも美しいタチアナ。

 そして、尻尾の半ばに戦斧を叩きこんでいるのは我が友。


「ハルさんの双剣を出してください。いらないなら今すぐ私にくださっても構いません」

「『不倒』よ、そのだな……いや、何も言うまい。カール、変なプライドに拘ってる場合じゃ、ねぇぞっ!」


 戦斧を振りほどき、『水晶大蜥蜴』が此方へ向き直る。その目に明確な怒り。こちらを敵と認定したようだ。

 ちらりと横を見れば、『多頭蛇ヒュドラ』が黒炎に包まれていた。

 『首狩骸骨騎士』も地中から出現している無数の鎖に拘束され、身動きが出来ず、炎の中でもがいている。

 『多頭蛇ヒュドラ』が水属性の上級魔法複数が発動。消火を試みるが――消えない。魔力が違い過ぎる。

 見ている間にも炎魔法が叩き込まれ、爆炎が上がる。

 実力差があることは知っていた。だが……本気の魔女がこれ程とは。


「あちらはハナに任せます。私達は他の人を支援しつつ、三頭を」

「了解した」

「おう」


 アイテム袋から、双剣を取り出す。持った瞬間に分かる『別格』である、と。

 ――鞘から引き抜く。



「本当に綺麗。『翠龍』と『蒼龍』の剣ですか……負けませんから。次にハルさんから褒めてもらうのは私です!」  



 ……ブルーノ、何だその目は? 

 大丈夫だ。まだ、死んではいない。

 だが……心底から頼む。後で一緒に誤解を解いてくれ。この通りだ。

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