第45話 ブルーノ―2

 「おらぁっ!!」

 

 『大迷宮』入り口前の大広場に、俺の声が響き渡り、魔力を込めた戦斧の一撃が十数頭の迷宮大蜥蜴をまとめて吹き飛ばす。横からは追い打ちの炎弾。いいタイミングだ。

 魔物共から苦鳴があがり塵になってゆく。

 周囲を見渡すと今のが最後か。負傷者は皆無。皆、余裕の表情。


「ブルーノ団長。凌いだみたいです」

「今ので五波か?」

「はい。数は多いですが、低・中階層の魔物ばかりです。ギルドのお偉いさんにも困ったもんですね。これが『大氾濫』なら、階層ボス戦の方が余程ヤバイですよ」


 うちの副長が軽口を叩く。

 確かに……噂に聞いてきた『大氾濫』はこんな生温いもんじゃねぇ。 

 後方の城壁に一か所だけ設けられている巨大な正門は『大迷宮より魔物が溢れ出つつあり!』という一報後、固く閉じられ、飛行型の魔物対策として、上空には結界魔法が構築されている。

 それでも俺達の布陣が終わるまでに、第一波の一部は都市内に侵入しちまったみたいだが……。


「ブルーノ」

「おう」


 こちらに向けて歩いて来たのは、返り血すら浴びていないカール。

 だが、その表情に浮かんでいるのは懸念。

 ……取り越し苦労じゃねぇみたいだな。


「奴等の動き、妙だ。数は多い。既に五千頭近くは軽く倒している。しかし、殆どが雑魚ばかり。『大氾濫』時は、全てが一緒くたに襲い掛かってくると聞いていたが」

「ああ。それと気付いたか? 倒しても魔石を落とさねぇで塵になっちまう。が……詮索は後にしようぜ。今は、倒し続けるしかねぇだろ。都市内に侵入した魔物を掃討し終えれれば、こちらも増援を受けれる。まぁ凌げるだろうぜ。迷宮都市の大クラン、その団長全員と、高位冒険者が揃っているんだからよ」


 ある意味で、今日、冒険者ギルトで会議が開かれていたのはツイていた。

 議題はトキムネが率いていた『光輝の風』崩壊問題。

 

 案の定、逃げやがったのだ。しかも、クランの金を持って。

 

 元々、強い仲間意識で結びついた連中でもなく、『光刃』のお零れ狙いが大半。 加えて、主流からは外れた高位冒険者が複数在籍していたこともあり、対応を間違えると、治安悪化の要因にもなりかねねぇ……面倒事を残していきやがる。

 俺が、てめえを『……斬る』と本気で息巻いていたカールを何度止めたと思ってやがるんだ。あの恩知らずめ。

 まぁ、今この大広場に集まっている面子は、最前線に潜っている連中(『大迷宮』内に20層毎設置されている転送装置も突如停止した為、戻って来ていない)を除けば、最精鋭だと言っていい。

 何せ――


「『不倒』とお前、それに俺。四大クランの団長と副長。加えて、ギルドにいた第3階位以上の冒険者連。それと……」

「ああ。今ならたとえ、階層ボスが出現しても対抗出来るだろう」


 俺とカールが視線を向けた先には机と椅子が置かれ、少女が座っていた。

 机の上には分厚い本が複数。全て、古書だ。

 一心不乱に読み進めているが凄まじい違和感。おい、一応ここは戦場だぞ?

 その横には、美貌の女騎士。少女を呆れた表情で見つめている。


「あの魔女めっ」

「……言うな。先程の第五波も、お茶を飲みながら数百頭単位の魔物を屠っていた。しかも、『火葬』一発でだ」


 苦虫を噛み潰した表情でカールが告げた内容に、俺は絶句。

 『火葬』一発だと? 中位魔法一発で数百頭単位を倒したってのか?

 ……化け物め。

 

 がたり、と椅子から音がした。


 お、おい、俺はまだ口に出してねぇぞ!?

 魔女――ハナが口を開く。


「さっきから鬱陶しい。出てきなさい。こっちはねぇ……大事な調べものをしてるのよっ!!」


 何を言ってやがるんだ?

 魔女の視線の先には誰もいない。気配もない。魔力反応も当然ない。

 ――空間が歪んだ。笑い声。


「やるじゃないか。よく僕の隠形を見破ったね?」

「バレバレよ。で? あんたが、この騒動の犯人?」

「そうだよ。迷宮都市の冒険者ってのも中々やるね。雑魚ばかりとはいえ、五千頭以上の魔物を、この短時間で殲滅するなんて。お陰で随分早くよ」


 『大迷宮』入り口前に立っていたのは、黒い外套を纏った――餓鬼だった。

 顔はフードを深く被っていて見えない。この声。女か。

 ……異様だった。俺達を前にし、一切恐怖しないだと?

 手には小さな小瓶。中には――何だ? 赤い液体?


「最初の冒険者達は大したことなくてさ、ガッカリしたんだ。あんたらが上位冒険者ってやつか。いいね、いいね。これなら」

「どうでもいいわ。取りあえず死んどきなさい。話はそれからよ」


 『火葬』が発動――直撃し、凄まじい爆炎が発生。

 ……容赦ねぇ。

 俺達が戦慄している中、タチアナのとがめる声。


「ハナ。少しは話を聞き出さないと」

「嫌よ。あの手の馬鹿に付き合っていられないわ」

「はぁ……まったくもう」


「――そうだよ。人の話は聞くべきだ!」


 猛火の中から声。嘘だろ? あの魔女の魔法を受けて無傷で済む生き物なんか早々存在する筈が――っ!?


「まったくっ! どういう教育を受けてきてるんだっ!」

「……あんた何者なの?」

「僕かい? ははは、僕の名前を聞きたかったら、この子達を倒すことだねっ!」

「……冗談キツイぜ……」


 猛火の中に浮かぶ精緻な魔法陣から現れたのは見知った魔物。

 数は五頭――それぞれが巨体と強大極まる魔力。

 

 『六腕一つ目巨人サイクロプス

 『四角暴走雄羊』

 『水晶大蜥蜴』

 『首狩骸骨騎士』

 『多頭蛇ヒュドラ


 100層までの各階層ボス達だと!!? 馬鹿なっ!!



「さ、精々奮戦しておくれよ、迷宮都市の冒険者さん達?」

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