第48話 ヴィヴィ―2

「……嘘でしょ?」

「ヴィヴィ、早く下がりなさいっ! 急いでっ!!」


 団長が放った特級魔法を受けて反撃、障壁を貫通してくるなんて……『水晶大蜥蜴』の上で思わず唖然としてしまった私へ、副長から激しい叱責。

 ……いけない、いけない。

 慌てて、魔槍を引き抜き、血しぶきと共に後方へ跳ぶ。

 その直後、猛火の中から、ぬっ、と現れた巨大な魔物は、私達を更に動揺させた。


「大蛇の尻尾……獅子のたてがみ……三本首……」

「馬鹿なっ……」

「俺は夢でも見てるのか?」


 周囲の高位冒険者達が動揺。

 それを見透かしているのか、もう一体から強力な魔法反応。

 マズい。さっきと同じ『鋼』属性魔法を――


「落ち着いて」


 ハルさんの声が聞こえた瞬間、自分の身体が軽くなり、魔法反応が消失。え?

 しかも、これって……複数属性の支援魔法? この場所にいる冒険者全員にかかっているようだ。

 戸惑う私達を後目に声は指示を出す。


「ハナ、タチアナ、それとカール君。君達の相手はあいつだ」


 一陣の突風が猛火を吹き散らした。

 そこにいたのは禍々しい『悪魔』。

 羊頭。身体は金属質で赤黒い。背丈は男性冒険者の数倍。爪は長剣のよう。

 あいつが団長の魔法を受け止めたらしい。左半身に火傷。傷口は未だ燃え続けている。


「了ー解」

「はいっ!」

「……この場は従おう」

「特級よりやや上、といったところだよ。ブルーノ君」

「お、おうっ」

「残りの子達で目の前の犬を。『地獄の猛犬ケルベロス』に似た何かだね」

「か、簡単に言いやがるっ。伝説上の化け物じゃねぇかっ!」

「ふふ、大丈夫さ。君達には今、している。他の支援もするから、全力で腕を振るっておくれ」


 ……皆、唖然茫然。

 してないのは、団長と副長、そして『双襲』と『戦斧』だけ。

 分かったつもりだった。だけど。

 貸してもらっている魔槍を強く握りしめる。

 遠い、余りにも……でもっ!

 『地獄の猛犬』に向けて走り出す。


『迷った時は即座に行動。後悔はその後! とにかく前へっ!!』


 私はもう迷わない! そう決めたんだっ!!

 隣から『戦斧』と各クランの団長達や前衛陣が(重騎士、短剣使い、鎌使いが目立っている)並走。不敵な笑み。


「ったく、成長が早過ぎるぜ!」

「すぐに追い抜きます」

「言ってくれる」

「若い奴には負けねぇ」

「一番鎌はあたしのもんだ!」


 鎌使いが速度をあげ、『地獄の猛犬』の前足に一撃。

 激しい金属音。長い爪で受け止められる。

 続いた冒険者達の連続攻撃も爪と、牙、そして尾によって阻まれる。

 速い。こんな巨体なのに。


「グルルルッ」


 三本首が唸り声をあげ、三つの魔法を構築。

 前足を蹴り、上空へ。反転急降下。


「あああああ!!!」


 『地獄の猛犬』がこちらを向き――右頭を『一射』が直撃。同時に、巨大な氷塊が左頭を直撃。他の後衛陣からも、攻撃魔法が降り注ぐ。

 今だっ! 全魔力を解放!!


『ヴィヴィの課題は魔力操作だね。なに、開けるか、閉めるか、だけさ』


 ハルさんの言葉を思い出しながら『烈槍』を繰り出し――通り抜け、着地。


「うん。中々だね。それだよ、ヴィヴィ」


 優しい称賛の声。

 遅れてやってきたのは絶叫。

 私が放った一撃は中央の首に深い傷を与えていた。

 その隙を見逃すような冒険者はこの場にいない。次々と攻撃をしかけていく。

 『地獄の猛犬』も激しく抵抗。前衛が吹き飛ばされ血しぶきが舞うも、即座に治癒。攻撃魔法の展開も封じられているようだ。

 よし、私も――あれ、足に力が。


「おぷ」

「お疲れ様。今日はここまで。マーサ」

「は、はいっ!」

「ソニア?」

『見えません。本当にそんな人達が?』

「来るよ。さて」


 ハルさんに受け止められ、そう告げられる。

 ……頭撫でられちゃった。

 顔をあげ、状況確認。

 『地獄の猛犬』は少しずつ押し込んでいる。

 相手の魔法は封じられ、此方は支援魔法と即座に回復付き。

 それでも、前衛陣は次々と吹き飛ばされ血塗れになっている。化け物。通常だったら全滅もあり得た。

 もう一方は、こちらも少しずつ、いや、明確に押している。

 『双襲』が凄まじい速さで『悪魔』と切り結び、団長の攻撃魔法が爪を砕き、反撃の一撃を副長の『盾』が受け止める。

 息が合った連携だ。凄い……!

 私の驚愕を他所に、ハルさんは『大迷宮』前の黒外套へ語りかけた。


「この子達には勝てないよ」

「黙れっ! 汚れた人間共めっ!! 僕にはまだこれがあるっ!!!」 

「『』かい? 確かにそれは強力だ」


 再度の突風。

 黒外套のフードが飛ばされ、焦った顔を晒す。

 幼い。頭には二本の小さな角。目は金色で、髪は半ばまでが黒。それ以降は様々な色がごちゃ混ぜ。

 こんな人種、この世界にいた?


「でも、どんな道具にも欠点がある。それは『命』を幾ら集めても、君が知っている『影』しか生み出す事は出来ない、結果」


 轟音。

 『悪魔』が城壁に激突していた。生きてはいるが,弱っている。

 苦し気な唸り声。

 『地獄の猛犬』が体中から血を流し後退。


「こうなる。『鋼』も『狗』もこれ程、はない。『階層ボス』もね。普通、『滅葬』一発で終わりはしないよ」

「……お前は誰なんだっ!? どうして、その事を!!」

「おや? てっきりこれを狙ってきたのか、と思っていたのだけれど」

「そ、それは……! そうか、お前が」


 黒い宝石?

 ――その時だった。


 城壁に設けられた正門――鉱山都市で鍛えられた――が両断された。へっ?

 土煙が巻き起こる中、現れたのは三人の男。一人は片手斧を持った巨漢。 

 もう一人は、長刀を持った細身、白髪の男。生気がまるでない。

 そして、最後の一人はまたしても黒外套。少女が狼狽。



「なっ!? ど、どうして、お前が此処にいるっ!」

「『迷宮都市』の上位陣ばかり。特階位まで混じってやがる。……大馬鹿がっ。だからあれ程言ったのだ。冒険者達を侮るな、と」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る