第43話 トキムネ

「トキムネ……お前には才が足りぬ。確かに剣の鋭さと技の多彩さは既に儂を超え、歴代の中でも屈指であろう。だが、剣士として戦場を生き抜いていくには、それだけでは絶対に足りぬのだ。今からでも遅くはない。剣を捨てよ。そして、平穏の中で生きるのだ。そうしなければ何れ――」


 3年前、当主の座を巡って父と対立した俺は、真剣を用いての立ち合いを挑み――結果、無残に敗れた。

 剣の鋭さで優り、技の多さでも上回っていた。既に自分が父を超えていると確信してもいた。それにも関わらず一方的に敗れたのだ。

 その時、受けた宣告と、父の悲しそうな表情が、迷宮都市から出た直後から頭の中で繰り返し、繰り返し、再生される。

 

 ……何故だ? 何故、こんな事になった?


 西都の実家を飛び出し、冒険者となったのは3年前。

 約1年間は、帝国各地を転々とする根無し草だったが、約2年前、迷宮都市へ流れ着いた。

 俺が操る長刀術は、各地から腕自慢が集う迷宮都市でも希少種だったこともあり、色々なクランから誘われたものだ。

 けれど、それだけで生きていける程、甘くはなかった。

 当時の俺は第7階位。毎日の鍛錬を欠かさず、かなりの実戦をこなしてもいたが、顕著な技量の伸びを実感出来なくなってきていた。

 『不倒』『双襲』『戦斧』、そしてあの『灰塵』のように、長きに渡って不動な存在は稀有。立ち止まればあっという間に追い抜かれていくのが、ここの日常。

 俺は焦っていた。大手クランに所属せず一匹狼を気取っていた事が災いし、次第に大口の合同任務からも外され始めていたからだ。

 

 そんな時期だった。俺があれを手に入れたのは。

 

 ある日、任務で大迷宮中層へ潜った俺は罠に引っかかった。

 幸い大きな負傷もせず、滑落するだけで済んだものの帰り道が分からない。   広大な大迷宮は、主要地区こそマップ化は終わっているものの、謎な地区も多いのだ。

 あちこち歩き回った後、疲れ果てた俺は水場に辿り着き奇妙な物を見つけた。

 

 それは恐ろしく古い祠だった。

 

 大迷宮内に、人の手が加わっている謎の建造物が存在することは知っていたが、俺自身が見たのはその時が初めてだったように思う。

 普段ならば無視した筈だ。何しろ恐ろしく薄気味悪かった。呪いを受ける可能性もあるし、祠に見せた罠の可能性だってある。

 だが、その時は何故か小扉を開き――見つけたのだ。

 俺を第1階位に、そして『光刃』と称される迷宮都市でも有数の存在へと押し上げた、漆黒に輝くそれを。

 

 自然と、腰に手をやる。


 そこにあるのは長年の愛刀ではなく、予備の長刀。

 俺に栄光を与えてくれた宝石も、埋め込んでいた柄ごとあの男に奪い取られてしまった。

 しかも、俺が光属性など持っていない事を白日の下に曝すオマケ付きで。

 

 ……今日まで信じていた。


 あくまでも『光刃』は俺の潜在的な力が引き出されたものだと。今は自力で再現出来ずとも、何れ宝石無しでも出来るようになる、と……現実は過酷だったが。

 あの宝石がいったい何なのかを俺は知らない。手を尽くして調べてみたものの、結局分からず仕舞いに終わったからだ。

 だが、とんでもない物である事は分かる。何しろ、持っているだけで剣の切れ味が数段増し、歯が立たなかった魔物を簡単に両断。柄に仕込んでみれば光輝く刃を発生させた。

 まるで――俺が幼い頃に憧れた伝説の剣士、『大英雄』の一人でもある『光剣』であるかのように。

 その後の俺は、とんとん拍子に階位を上げ、希少な光属性持ちを喧伝することで『紅炎騎士団』『猛き獅子』に次ぐ規模の大クラン『光輝の風』を結成した。

 そして、遂に最高峰第1階位へ到達。異名『光刃』をも手に入れたのだ。

 実力、地位、金を手に入れた俺が次に求めたのは――女だった。だが普通の女じゃ、まるで足りない。『光刃』にはそれに相応しい女が必要だろう。

 俺が目を付けたのは『不倒』のタチアナ。迷宮都市最強クラン『薔薇の庭園』副長を務める、美貌の剣士。

 何でもあの『双襲』も懸想しているそうだが……構うことはない。

 だが、タチアナは俺のことなどまるで歯牙にもかけなかった。

 何度か言葉を交わし、誘ってみたが、その都度、極寒の視線と冷酷な一言が俺を打ちのめした。

 今から思えば彼女は、既に俺がこうなることを予見していたのかもしれない。

 あの男へ挑み、完膚なきまでに打ち負かされた後、クランホームで団員から囲まれ釈明に追われた俺は、迷宮都市で生きていく事を最早諦めていた。

 宝石を奪われてしまえば、所詮単なる剣士。とてもじゃないが、クランを維持出来ない。信頼を決定的に失った以上、冒険者としても終わったようなもの。

 

 それなら、クランの金だけをせしめ、逃げた方が賢明というものだろう。


 こうして俺は迷宮都市を脱出した。

 今、歩いているのは主要街道から外れた廃道だ。

 行く先は決めていない。

 この際だ。帝国に拘らずいっそ王国にでも――後方へ抜き打ちを放つ。

 周囲に金属音が響き渡る。俺の一撃は、異様な巨躯の男が持つ巨大な片手斧によって止められていた。何だ……この寒気は。

 大男の影からもう一人、黒い外套を纏った男。


「……クランの追手じゃないな。何者だ?」

「『光刃』トキムネだな? やはり……光属性ではない。それでも大手クラン相手は面倒だと思っていたが――単独行動とは好都合」

「何を言って――っ」


 咄嗟に、回避行動。今、俺が立っていた場所へ何かが落下。凄まじい轟音と衝撃波を発生させた。

 そこにいたのは――両腕が異様に発達し禍々しい魔力を纏った巨猿。特異種か。

 男が笑いながら告げる。背筋に先程以上の寒気。



「さぁ渡してもらおうか――『魔神の欠片』を。あれは、お前程度には過ぎた物だ。素直に渡せば命は保障しよう。剣士の改造も面白そうだからな」

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