第41話 マーサ―2

「ふ~ん……お師匠は、私が一生懸命、書類を片付けてる時にそんな楽しい事をしてたんだ。魔力を感じたから、もしかして、と思ったけど、私を除け者にしないって信じてたのに……酷い! 頑張ってたのにっ!! しかも……マーサまで参加するなんて、ああ、傷ついた。私は傷ついたー」

「せ、先生、そ、その、あの……」


 訓練場の一件が終わった後、ホームへと帰って来た(群がる冒険者達は副長が『うちの団長の師であり、私も尊敬している方です』の一言であっさり無力化されました。流石です)私達を待っていたのは、門の前に立ち塞がる駄々っ子モードの先生でした。

 客間に入りお茶が入れられた後も、余程自分だけ参加出来なかったのが悔しかったのでしょう。何時になく、拗ねていらっしゃいます。

 それを見て苦笑されているのはハル様。そして呆れられている副長。


「ハナ、するべき事をしてなかったのは貴女でしょう? 文句を言うのは筋違いよ」

「タチアナ、鏡を見て? 表情が見た事ない位、緩んでるわよ? ……戦ってるお師匠はカッコよかったでしょ?」

「ご想像にお任せするわ」

「きぃー! その余裕な表情がむーかーつーくー!!」

「何も教えないのは可哀想だから一つだけ伝えておくと――とてもとてもとてもカッコよかったわ。ハルさんの教え子さん達が、ある意味で信仰心を抱かれるのも分かるくらいに」

「お師匠」

「なんだい?」

「……具体的に何をしたの?」


 先生、聞かない方が良いと思います。

 当事者であるソニアとヴィヴィは、聞こえないふりをしてハル様が何処からともなく出された焼き菓子を頬張っています。ズルいです! 私にもください。


「ふふ、ハナなら、分かってるんじゃないかな?」

「『千射』『千槍』『千楯』はまだいいわ。だけど『灰塵』を使うなんて……限定発動したんでしょ? 私も、見たかったのに……」

「この子が使ってみたい、って言ったからね。『雷轟』でも良かったのだけど相性が良すぎて出力を絞るのが大変なんだ。その点、『灰塵』は限定発動も出来るし、完成されていると思うよ」

「お師匠と私が、散々弄繰り回した魔法だもの。二人の愛の結晶をそんな簡単に披露するなんてっ!」

「ハル様、先生……質問してよろしいですか?」

「何だい?」「何?」

「……あのですね、その女の子はどなたですか?」


 先程から、ハル様の足にしがみ付いている白服の女の子(人間とは思えない程の美形)へ視線を向けると、恥ずかしそうに顔を隠してしまった。


「ああ、そう言えばまだ紹介していなかったね? さ、挨拶をしてみよう」

「……レーベ」


 そう言うと女の子の姿は掻き消えた。えっ?

 私はまじまじとハル様と、先生を見る。あの子は何処へ??


「おいおい……とんでもない化け物なのは分かったつもりだったが、今のは、それこそ御伽噺でしか出て来ない存在なんじゃねぇのか? 『知恵ある杖』って奴だろう??」

「流石だね。概ね想像通りだよ」

「……てめえは本当に何者なんだ? いや、やっぱり言わなくていい。俺はまだ命が惜しい。そこにいる魔女の師なんだろ? それだけで十分だ」

「相変わらず、一々癇に障る言い方をするわね。で? 相方のヘタレは何処へ行ったのよ?」

「……察してくれ」

「ああ、そういうこと。情けない。そんなんじゃ何時まで経っても」


 今回、共闘したメンバーの内、『双襲』様は来られていません。見るからに虚ろな顔をしていましたけど大丈夫でしょうか?

 傷等はハル様の回復魔法(訓練場も全て一瞬で修復された!)で完全回復されていたから大丈夫かとは思いますが、あの青ざめようはただ事では……。

 何故か、先生と『戦斧』様は得心なさっています。


「ブルーノ、と言ったかな?」

「あ、ああ」

「あの双剣士君とは仲が良いのかい?」

「仲良しこよし、って訳じゃねぇがな」

「十分さ。これを彼に渡してくれるかい?」


 そう言って、ハル様が何もない空間から取り出されて(時空魔法!)手渡されたのは双剣。それぞれ、翡翠色と蒼色の鞘に納まっています。綺麗。

 受け取った『戦斧』様の表情が強張りました。

 先生と副長がまるで親の敵を見るかのような視線でそれを見ています。


「……おい、こいつは何の冗談だ?」

「剣を駄目にしてしまったからね。彼の技量を考えれば十分使いこなせるだろう。渡しておいてくれるかい? もう一人の子にも渡したい刀があるんだけど……逃げてしまったし」

「俺が盗んで逃げる、ってのは考えないのかよ? それと、あの野郎はもう迷宮都市を出ただろう。何しろ『光刃』ってのは嘘っぱちだったんだからな」

「良い才は持っていたんだけど。君が逃げるなんてあり得ないね。何しろ友人を心配して、勝ち目がない、と自分では踏んでいる勝負へ介入してくるような好漢だ。そして、最も冷静に僕を見ていた熟練の戦士でもある。だからこそ、安心して『灰塵』を発動出来た、ありがとう」

「まさか、とは思っていたがよ……てめえ、もしかして、他人のスキルや属性を……」

「際限なくじゃないよ。ほんの少し見えるだけ。そんな事が出来るのは神様だけさ。僕はしがない育成者に過ぎない。そう言えばタチアナ、手紙は届いていたかな?」


 『戦斧』様が釈然とされない様子ながらも、双剣を受け取りました。

 そして、さっきまでの上機嫌が一変し、嫉妬が混じった様子の副長が手紙を手渡されます。……先生、ちょっとだけ魔力が漏れてますよ。自重して下さい。

 手紙に目を通されたハル様が少し困った表情に変わりました。


「相変わらずメルはちょっとだけ過激な子だね。穏便に済ませてほしかったんだけど……シキ家を強襲したみたいだ」

「お師匠、そういう時ははっきりとこう言うの。『言いつけも守れない子は破門』って」

「可愛い教え子をこんな程度で見捨てはしないさ。ただ、この問題もあるから……どうしようかな」


 そう言うと、ハル様は刀の柄を取り出されました。

 中心には、漆黒の宝石らしき物が輝いています。



「思いがけず二個目の『魔人の欠片』を手に入れてしまったけれど、これを狙う連中がいる筈だ。君達に迷惑をかけたくないし――迷宮都市にいる間は少し彼女達の力を借りても良いかもしれないね。何せ力が有り余っているみたいだから」

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