第40話 ブルーノ

「「『灰塵』」」


「ブルーノ!!!」

「分かってるっ!!!」


 出来る事なら二度と見たくもない、あの超級魔法が発動した瞬間、俺は叫びながら、斧の先端に紡いでいた攻撃魔法を全力で防御へ切り替えていた。躊躇いなく『切り札』も投入する。

 土属性上級防御魔法『王壁』を五重発動。そこへ土の特級精霊石を加え、特級防御魔法『金剛王循』の劣化版を形成。

 同時にカールからは風の支援魔法。流石、分かってやがる。

 身が軽くなるのを実感しながら、壁を思いっ切り蹴り、後方へと避退。

 途中、肩で息をし、自分では動けそうにない槍使いの嬢ちゃんの首根っこを掴む。可愛い悲鳴があがったような気もするが、無視。

 俺達が退避するのを見た、こちらも魔力が枯渇しつつあるのだろう、荒い息をしている魔法士の嬢ちゃんが無数の土属性中級魔法『石壁』を展開。防御態勢を整える。流石はあの魔女の弟子。大したもんだぜ。ちらりと、鎧の端を見ると、綺麗に消失している。おっかねぇ。

 

 ……この間、ほんの一呼吸だ。


 劣化版とはいえ『金剛王循』の五重発動は、階層ボス戦でも何度か使った。その圧倒的な防御力はその都度、劣勢を跳ね返す貴重な時間を稼ぎ出しクランを幾度も救ってきた。

 俺とて異名持ちの第一階位。腕に覚えはあるのだ。

 

 だが……畜生っ! 数秒を稼ぎ出すのが限界かよっ!?

 

 既に三枚目が崩壊、灰へと戻ってゆく。『石壁』では気休めにしかならない。このままだと……後もうちょいで仲良く墓場行きだ。

 模擬戦(そう、こいつは模擬戦だっ!!)でここまで『死』を濃厚に感じるたぁ……洒落になんねぇなぁ。だがよ、俺にも意地がある。

 戦斧を前方へ突き出し、魔法を紡ぎ、発動を準備する。精霊石は残り二つ。

 その時だった。俺の隣に立つ伊達男が静かに口を開いた。表情には決意の色。


「ブルーノ」

「何だ」

「悔しいが、奴はてんで本気を出していない」

「ああ」

「この魔法とてそうだ。本来なら、発動した瞬間に、俺達は消えてなくなっている筈だろう?」

「ああ。あの化け物、『灰塵』を、戦略超級魔法をこの空間だけに限定発動してやがる。人間業じゃねぇ!! あの魔女並……いや、制御技術は上かもしらん」

「だとしてもだ」

「どうする、ってんだよっ? ぐっ」


 五枚目が崩壊する前に、再度、五重発動。キツイぜ……。

 精霊石を三つしか持ち歩いてないのは、単純にそれが限界だからだ。

 今回の場合、その前の段階で散々魔力を消耗。膝が落ち、荒い息が出る。

 嬢ちゃんを笑えねぇなぁ、こいつは……。


「簡単だ。俺は剣士だ。斬る!」

「……カール、現実を見ろ。目の前には『灰塵』。俺達はボロボロ。そして、向こうは余裕綽々。勝ち目がねぇ。ここまでだ」

「いいや。俺とお前、そして、この子達がいれば一矢は報いれる。気付いているだろう? あの魔法発動直前から『千射』が消えた。如何に奴とて、同時には展開出来ないんだろう。ブルーノ、俺達は二年前にも同じような想いをした筈だ」


 ……痛い所を突いてきやがる。

 確かに100階層ボス戦での、苦い経験は記憶に残っている。あの時、感じた無力感。忘れもしねぇ。

 いやまぁ、ここまでじゃなかったがな!


「ちっ……分かったよ。それでどうする?」

「耳を貸してくれ。君達も」


 ――カールが話した内容は作戦なんて代物じゃなかった。

 こいつは、単なる特攻だ。成功の可能性は恐ろしく低い。

 だが、分の悪い賭けは嫌いじゃねぇ。嬢ちゃん達も不敵な笑みを浮かべている。

 全員が頷く。

 

「チャンスは一回だけだからな?」

「分かっている」

「……本当に良いんですね?」

「大丈夫だ。やってくれ」

「分かりました……いきますっ!」


 魔法士の嬢ちゃんが残り少ない魔力を使い、『石壁』を形成。そこによじ登ったカールを押し出すように再度『石壁』が発動――空中へと勢いよく射出された!

 当然、灰色の炎が襲い掛かってくるが、弓使いの嬢ちゃんが全魔力を込めて放った魔法矢でほんの一瞬だけ吹き散らされる。

 次の炎がすかさず襲いかかってきたが、今度は槍使いの嬢ちゃんがやはり全魔力を込めて投擲した槍で再び突破。

 あと少しだ。もう少しで……こちらを守っている『金剛王循』の四枚目が灰と化した。

 化け物の直上に達し、風魔法で急降下するカールが精霊石を砕く。俺は残存魔力全てを使い、三度目の五重発動。同時に立ち上がれない程の疲労。これでもう何も出来ねぇ。後は……あいつ任せだ。


「おおおおおおおおお!!!」


 カールが咆哮をあげながら字義通りの特攻。『灰塵』の炎を突き抜け、双剣を繰り出した。既に『金剛王循』は消失している。

 壁の合間から一瞬だけ見えた化け物の顔には笑み。そして、ちらりとこちらを見て、片目を閉じた。

 何だ? いったい何を……こちら側の五枚目も崩壊。『石壁』がまるで薄い紙のように灰になってゆく。

 この間……ほんの瞬き程度の時間だろう。皮肉にも壁がなくなっていくことで、化け物の姿よく見えた。

 カールが放った左片手剣の一撃は灰色の炎に呑まれ、剣身が消失。

 だが、本命は右だっ!!

 カールの全魔力が込められた必殺の一撃が化け物を捉え――


「!?」

「惜しい。惜しいな。見事な一撃だったよ。確かに『烈槍』は君の属性である『氷』と相性が良いからね、それを双剣でも出来る、と判断したのは流石だ。もっと早くを見ていれば、僕も、僕自身の『剣』を抜いていたかもしれない」


 化け物の左手にはトキムネから奪った長刀の柄が握られ、そこから漆黒の刃が伸びていた。あれは……『光刃』? なのか?

 

 はっきりしていることはただ一つ。

 

 金属音と共に、訓練場へ突き刺さったのはカールの魔剣。ここまでやってもなお……届かねぇのか。周囲には無数の『矢』と『槍』が再展開されている。

 糞がっ!! 単に遊んでやがっただけかよっ!?

 ……既に『灰塵』は間近に迫っている。今更、逃げ切れねぇ。

 階層ボスや、あの魔女が相手じゃなく、しかも模擬戦で死


「死ぬ筈がないでしょう。馬鹿ですか、貴方は」


 呆れ返った声と共に俺の横を、見知った美女が高速で駆け抜けて行く。

 あれ程、荒れ狂っていた『灰塵』も同時に消失……まさか。

 依然として、短剣を握り未だ戦意を喪っていないカールへ無数の『矢』と『槍』が降り注ぎ――全てが砕け散った。立ち塞がったのは頬を紅潮させた女剣士。


「ふふ、流石は『不倒』のタチアナ、と言ったところだね。ありがとう、良いタイミングだよ」

「少しやり過ぎかと思います。色々と後始末が大変なんですよ? ……とても、カッコよかったからいいですけど」



 ……これだけは言える。

 カールよ、我が友よ――死ぬな、生きろっ!

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