第39話 カール

「――『我は問う』」


 そう奴が呟いた瞬間、凄まじい戦慄が走った。

 隣に立つブルーノからは引き攣った声。


「……カ、カール、こいつは……」

「……分かっている。だが!」

 

 双剣を強く握りしめる。憶するものかよ。

 ――奴の手に美しい長杖。何時の間に?


「『汝、始原の炎なりや?』」

「『いな、われ、しげんのほのおにあらず』」

「「「「!?」」」」


 目の前にいるのは奴一人だけ。

 それにも関わらず聞こえてきたのは、幼い少女の声。


「『汝、龍神の炎なりや?』」

「『いな、われ、りゅうじんのほのおにあらず』」


 唖然とする俺達を他所に呟きが続く。

 そんな中、後方から魔力反応。複数の炎弾が奴へと殺到、直撃した。土埃が捲きおこり、視界が妨げられる。

 振り向くと、肩で息をしながら必死に魔法を紡いでいたのはドワーフの少女。たしか、あの魔女の弟子で、名前はマーサだったか。


「駄目です! その魔法を構築させちゃっ!! 完成されたら勝ち目はありませんっ!!! それは、その魔法はっ! きゃっ」

「魔法、だと?」

「ふふ、流石はハナの愛弟子。見た事があるのかな? だけど、今は少し静かに」


 突風が吹き抜け、マーサ達を直撃する。直接的な被害はなさそうだが、言葉を発する事は難しそうだ。

 ゆっくり姿を現した奴の表情は最初から変わらない、穏やかな笑み。

 確かに直撃した筈。それにも関わらず無傷。

 隣に立つブルーノへ目配せをすると、軽く頷く。

 先程、全力を振り絞った槍使いの少女は見るからに疲弊が激しい。これ以上は無理だろう。

 後方にいる弓使いと、マーサはまだ多少は戦えるだろうが、先程と同じ支援は期待出来まい。

 つまり、俺とブルーノの二人でやる他ない。

 双剣を更に強く握り締める。


「お前が何をしようと関係ない。その前に止めればいいだけだ」

「それはどうかな? 魔法が完成するまでの間、さっきは『千槍』を見せたから、次は違うものを見せてあげよう」

「させねぇよっ!」


 ブルーノが奴の会話を断ち切り、距離を詰める。

 その逆側から、こちらも突進。槍使いは……無理か。槍を支えにして立とうとしているが、限界のようだ。

 俺達の横を矢と、炎弾が抜けていく。必死の援護だ。

 しかし、奴の目の前で全て消失。眼に見える程の魔力障壁だと? 化け物めっ!


「おおおおおっ!」


 ブルーノが雄叫びをあげ、戦斧を上段から一閃。その逆側から、こちらの双剣も襲い掛かる。

 次の瞬間、戦斧と双剣は光り輝く『楯』によって空中で停止していた。


「「!?」」 

「ここで尋ねたい。君達は『千射夜話』を読んだことがあるかな?」

「っ、何を言って……」

「あの本はとてもよく書けている。純粋に面白いしね」

「てめぇ……」

「だけど、誤解されている点もある。その中でも一番酷いのは、彼女の実力についてだ」


 特大の寒気。咄嗟に横へ飛ぶ。見ればブルーノも回避行動。

 轟音と共に俺達が立っていた場所に、光り輝く『槍』が突き刺さる。

 舌打ちをし、再度距離を詰め剣と戦斧を振るうが、悉くことごとく『楯』によって防がれる。

 そして再び『槍』。そして『矢』。

 まさか、こ、こんな事を出来る筈が!? 三種類の異なる魔法を同時に展開するだと! どういう魔法制御技術をしている。


「あの子は龍を単独で討伐してみせた。普通に考えればそれはあり得ない。あの子は射手。如何に高い攻撃力を持っていても、盾役がいなければ、力を発揮出来ない、そう考えられているからだ。故に、本で書かれた事はあくまでも物語だと思われている」


 こちらの攻撃は全て『楯』で封殺され、一撃を喰らえば終わりの『槍』をかわす代わりに、無数の『矢』によって少しずつ削り取られていく。次々と治癒魔法を発動するが、間に合わない。

 後方からは必死の支援。しかし『矢』と『楯』による妨害が激し過ぎる!

 ……前衛と後衛を分断しての各個撃破か。こいつ、戦術の大原則をよく理解している。


「けれど、『矢』『剣』『槍』『斧』、そして『楯』を持つ彼女は、単独で龍をも相手に出来るんだよ。当時は間違いなく、世界で五指に入る実力者だったろう。さて、そろそろいいかな?」


 奴が長杖の石突をそっと地面へとつけた。

 目の前で詠唱が再開される。


「『汝、魔神の炎なりや?』」

「『いな、われ、まじんのほのおにあらず』」


 自分の血と砂にまみれながらも、双剣を繰り出すが届かない。

 何という防御力の『楯』なのだ。こちらの魔法剣を遥かに上回っている。

 しかも、全力を出させず、また連携を取らせない為にわざと『槍』『矢』の速度、数を調整している。こいつ……本当に何者なのだ?


「『では、汝、何ぞや?』」

「『我、鉄火の炎なり。戦火の炎なり。血に塗れし炎なり』」


 少女の声がはっきりと聞こえてくるようになった。

 血を失い過ぎたのだろう。奴の手を握る白い服を着た少女の幻覚が見える。


「「『始原の炎にあらずとも』」」

「「『龍神の炎にあらずとも』」」

「「『魔神の炎にあらずとも』」」

「「『全てを滅する炎たらん』」」


 詠唱が唐突に止まった。

 無数に飛んでいた『矢』と『槍』、そして『楯』も消えている。

 奴の表情に変化はなく、先程来と変わらない穏やかな笑み。

 口を開こうとした、その時だった。後方から、襲い掛かる影。


「『光刃』!」

「てめぇ、逃げたんじゃなかったのか? 今まで、何処で寝てやがった!」

「黙れっ! 貴様等はこの男を片付けた後だっ!!」


 長刀の光が更に増し、煌く。

 おそらく、それは『光刃』の生涯において最高の一撃だったろう。俺やブルーノであっても防ぐには困難と思える程、凄まじい斬撃だった。

 しかし……奴に届くと思われた直前、光は喪われ、刀身そのものが、灰色の炎に包まれ崩れ落ちた。残ったのは柄のみ。

 驚愕に目を見開く『光刃』の右手首を奴が掴み、訓練場を囲む壁へ放り投げる。風の音と共にぶつかり壁が崩れ、それきり動かなくなった。

 『光刃』とて高位冒険者。これ位で死にはすまいが。

 奴は、残っていた柄を興味深そうに見た後、こちらに向き直り、笑み。 

 

 そして、最後の詠唱。

 

 最早、止める術はない。俺もブルーノも既に、立っているのがやっとだ。


「『灰は灰に』」

「『塵は塵に』」


 マーサが必死になって止めようとした理由が今になってよく分かる。

 使われれば防ぐ術はない。

 何しろこれはあの魔女がある戦場で実際に使用し



「「『灰塵』」」



 ――龍をも一撃で倒した魔法なのだから。

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