第38話 ヴィヴィ

 団長には『お師匠』と呼んで慕っている人がいる、そのことは前から聞いて知っていた。


「『お師匠』がどんな人かって? う~ん……私も会ったことはないけど、凄い人だと思うわ。だってあの『七月七星』を平然と渡す位だもの。ヴィヴィも良い子にしていれば、何か貰えるかもしれないわよ?」

「あと、時折送られてくるお菓子がとにかく美味しいっ! ヴィヴィは好きそうね。と言うか、絶対篭絡されちゃうっ!」

「そうね。しかも都度、丁寧なお礼状付きでくるわ。まめな方なんでしょうね。団長以外で一番詳しいのは副長だと思うわよ? 聞いてみれば? 私が聞いたら怒られそうだけど、ヴィヴィなら、大丈夫よ、きっと」


 クランの先輩達から返ってくるのはこういう反応。

 基本、皆が好意的に捉えているようだ。それと、どうして私は、すぐ陥落する前提なんだろう?

 ……何か色々と納得出来ない。

 少なくとも、会ってみて本当に凄いのか、あの『灰塵の魔女』の師である資格があるのかを確かめないと、素直に認めることなんか出来はしない。

 

 ――今なら断言出来る。それは余りにも無知が過ぎたことを。



※※※



「……迷いは晴れた訳じゃない。が、一人の剣士として、今のを見せられて奮い立たない程、零落れてもいない。『双襲』のカール、いざ参るっ!!」


 『千槍』が降り注いだ訓練場。信じられない出来事を前にして、周囲の見物人達は絶句。私やソニア、そして『光刃』も戦意を喪失している中、唯一人『双襲』の気合に満ちた叫びをし、双剣を構え突進する。

 

 ……どうして? 何で挑めるの!?

 

 彼とて分かっている筈だ。分からない方がおかしい。

 目の前にいる存在と己との間にある絶望的な差を。

 が、そんな事は一切構わず挑みかかってゆく。


「面白れぇ」


 野太い声が聞こえた。

 直後、巨大な戦斧を構えた髭面の大男が訓練場へ侵入、カールとは逆方向から突進する。


「ブルーノっ!」

「楽しそうな相手と遊んでるじゃねぇかっ、カール! 俺も混ざらしてもらうぜっ! いいよなぁ? 何処ぞの化け物さんよっ!」

「酷いね。構わないよ、くるといい」

「へへへ……話が分かる化け物だっ!!」


 練りこまれた魔力を纏った戦斧が振り下ろされ、同時に双剣も襲い掛かる。

 理想的な連携攻撃。これを凌げる前衛は迷宮都市でもそうはいないだろう。

 男は目の前の地面に刺されていた、訓練用の剣を手に取り

 

「「!?」」

「中々のものだ。君も第1階位かな? 先天スキル『怪力』持ちか。うん、スキルに頼らない良い鍛え方だね。よっと」


 戦斧を紙一重であっさりと回避し、右手の双剣を迎撃し弾く。そして左手の手首を片手で掴み『戦斧』へ投げつける。

 が、そこは『双襲』。見事な姿勢制御で、戦斧を踏み台に再度跳躍。裂帛の気合と共に斬撃を繰り出す。

 『戦斧』も舌打ちをすると、即座に再攻撃。


 ――凄まじい金属音が響き渡る。

 

「くっ」「おいおい……力まで化け物なのかよ。魔法士だろうがっ!?」

「ふふ、単なる育成者だよ。こうしたらどうするのかな?」


 男が笑いながら、剣を振ると二人が吹き飛ばされ距離が生まれる。

 そして空中に現れたのは無数の矢。『千射』だ!


「おいおい……どうするよ、カール?」

「無論、押し通るっ!」

「言うと思ったよっ!」


 そう言うと、二人はまたしても突進。無数の『矢』が降り注ぐ。

 どうして? どうしてなの? どうして、あんな事が……しかも笑って出来るのよっ!?

 私と同じ思いなのだろう、ソニアも呆然とその様子を見ている。


「ソニア、ヴィヴィ、マーサ」

「「「!」」」


 訓練場の壁際に立っていたのは副長。

 猛攻を受けながらも、一歩も動かず、笑いながらそれを凌いでいる男の方をちらりと見る。  

 ……今、視線が合ったような?

 軽く溜め息。そして、思いがけない言葉を発した。


「いいわ。行きなさい」

「はいっ!」

「「えっ…?」」

「ここまできたら仕方ないわ。折角の機会よ、後始末はするから全力で挑んでみなさい。それでもまったく届かないでしょう。けれど、格上の相手に挑めないようじゃ、これから苦労するわ。うちのクランはそんな甘い所じゃない」

「「「……分かりました」」」


 身体が震えている。ソニアもだ。

 勝算を全く見いだせない。目の前では、私達よりも数段格上である『双襲』と『戦斧』ですら、矢の雨を突破出来ず、所々で出血。

 転がりながら回避しつつ、悪態と共に治癒魔法を展開しているが、このままでは削り倒されてしまうだろう。

 そんな二人と私達に対して速度と矢への防御効果がある風属性支援魔法が発動。同時に、遮蔽物替わりの土壁が所々に出現する。


「ありがたい」「助かるぜ、嬢ちゃん!」

「マーサですっ! ソニア、ヴィヴィ、先生の言葉を思い出してっ!」

「「!」」


 そうだ。団長は私達に何時も言っている。


『迷った時は即座に行動。後悔はその後! とにかく前へっ!!』


 ソニアへ視線を向け、頷く。

 愛槍へ魔力を集中。あの中を突破出来るのは、精々一度だけ。そして、私の技量じゃあの男に敵わない。

 なら……することは決まってるっ! 全速力で駆け出し『双襲』と『戦斧』よりも前に出る。


「何を?」「そっちの嬢ちゃんもさっきの泣きべそかいてた様子とは随分違うなぁ、おい」

「私が、私達が突破口を作ります。お二人はあの男をっ!」

「ふふ、そうこなくちゃね。おいで。僕に君達の本気を見せておくれ?」

「言われなくてもっ! ソニア、マーサっ!!」

「分かってるわよっ!」

「大丈夫……行ってっ!」


 一気に走り出す。瞬く間に矢が狙ってくるけれど、前方からのものは槍で薙ぎ払いながら、遮二無二駆け抜ける。

 上下左右、そして後方から降り注ぎ直撃コースを描いているものはソニアの狙撃と、マーサの攻撃魔法が迎撃、射線を逸らす。

 勿論、全てを防げず身体中には無数の傷。

 が――前衛にとってはこんなの当たり前。とにかく今は前へっ!!

 そして永遠にも思えた、矢の雨を


「「「抜けたっ!!!」」」

「やるね」


 目の前には何故か嬉しそうな笑顔の男。舐めるなっ!

 残り少ない魔力を注ぎ込み、必殺の突きを繰り出す。

 『双襲』と『戦斧』も双剣と戦斧へ魔力を込め、最大攻撃の構え。


「だけど、それじゃ僕には、おおっ!?」


 私達がそれぞれ、左右へ大きく飛ぶ。

 切り開いてきた突破口――他の場所よりも矢が薄くなっている場所を貫き、ソニアの全魔力を込めた魔法矢『一射』とマーサの最大魔法である炎属性上級魔法『紅蓮』が直撃の前に剣の一閃で砕かれる。

 

 だけど、それを狙っていたのよっ!!

 

 真っ先に私は未完成『烈槍』を繰り出したもののまたしても剣身で防がれる。魔力は四散。

 そこに、双剣と戦斧が剣へと振り下ろされた!


「お見事!」


 今までほぼ動いていなかった男――ハルが後方へと退避行動。

 持っていた訓練用の剣は半ばから両断されている。それを少しの間、眺め、地面へと投げ、突き刺した。

 空いた手には先程見せた美しい長杖。

 そしての詠唱が開始された。



「まさか、ここまでとは! 君達の奮戦に敬意を払うよ。僕も少しだけ真面目になろう。『我は問う』」

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