第34話 タチアナ―2

「それじゃ、ハナ、私達が帰って来るまでにその書類片付けておいてね。あの子達もそろそろ帰って来るんでしょ?」

「うん。昨日の朝から『大迷宮』に潜ってるから。……タ、タチアナは一昨日も昨日もお師匠と一緒だったのに……不公平よっ! やっぱり私も!」

「あら? 本来ならその書類、先週には終わってる筈よね? しかも、半分以上は私が終わらして出かけたのよ? それがどうしてまだ終わってないのかしら?」

「うぐぐ……」

「ふふ、ハナ、きちんと仕事を終えないと駄目だよ? 大丈夫、明日ゆっくりと話そう。色々と聞きたいし、教えてほしいからね」

「お師匠……! 分かった。私、頑張るっ!!」


 さっきまで不服そうだった我儘団長様の表情が一変。やる気に満ち溢れ、書類仕事に取り掛かる。

 ……何時もこうなら私の苦労も劇的に減るんだけど。

 まぁ、ハルさんに言われたらこうなるのは分かってたことだし、仕方ないかな。

 それよりも、今日は楽しまないと! 二人きりなんて早々ない場面なんだし。


「それじゃ、タチアナ行こうか」

「はいっ! 今日は任せて下さい。今の迷宮都市をお見せします」

「楽しみだ。ハナ、夕方には帰って来るからね。ああ、お昼は作っておいたから後で食べるといい」


 言葉はなく片手だけ挙げて意思表示。次々と書類を片付けてゆく。その集中力、是非とも今後も継続してね? 冗談抜きで、お願いよ?



※※※



 迷宮都市は、間違いなく冒険者中心に回っている。

 勿論、帝都や西都、そして辺境都市にも多くの冒険者がいて大きな役割を果たしているけどここ程じゃない。

 それは街並みにも自然と現れている。

 中心にあるのは言わずと知れた『大迷宮』。

 その入り口をぐるりと囲むのは高く堅牢な城壁。これは、過去に何度か大迷宮から魔物が溢れ出し、市民を襲った悲劇があった為に設けられてものだ。

 もっとも、そんな事はこの数十年起きてない。つまり、それだけ冒険者が魔物を狩り続けている証左でもある。

 今の最前線は130層を越えたところ。また階層ボス戦が近いけど、正直、どうだろう? 

 クランの財政は余裕がある。むしろ、あり過ぎる位。

 みんなの装備も更新が終わったばかり(因みに私の愛剣は、特階位になった時、ハルさんから贈られた高い物理・魔法防御を自動付与する魔剣。イヤリングと同じく宝物だ)。

 新人達も20層でボス戦は経験しているし……挑む意義に乏しいかもしれない。


「そう言えば剣の調子はどうだい?」

「素晴らしいです。この前、砥ぎに出したら驚いて腰を抜かしてましたよ」

「それは良かった。何本か候補はあったんだけどね。赤龍や黒龍の牙を加工した剣は、君向けじゃなかったから。盾は不要だろうし」

「ありがとうございます。そのお気持ちだけで凄く嬉しいです」

「そうかい? タチアナにはあの子が常々本当に苦労をかけて……申し訳なく思っていてね。そうなったのは甘やかしてしまった僕のせいだから」

「いえ! ハルさんが気にされることじゃありません。それに補佐するのが『薔薇の庭園』副長である私の役割です」

「ありがとう」

「はぅ……」


 へ、変な声が――で、でも仕方ない。

 ハルさんは何時も穏やかで優しく微笑まれているけど、時折、幼い少年みたいな顔になって笑われる時がある。

 その破壊力たるやっ! 

 『不倒』の異名を返上しなきゃいけないかも……と真剣に悩むレベルだ。

 私が舞い上がっていると、隣で歩いているハルさんが周囲を見渡しながら話しかけてくれる。


「それにしても、かなり整備されたようだけど、飲み屋、食べ物を売る屋台、武器や防具、薬品類の店……相変わらず雑然としてるね。これだけ密集しているのも珍しい。辺境都市はかなり分かれているから」

「は、はい! そうですね。やっぱり、『大迷宮』近くに必要な店が密集しています。ちょっと高かったりするお店は大通り沿いにありますけど。私達が普段使うお店も大半がここです」

「そして、冒険者ギルドは『大迷宮』前にある城壁内と。確かに冒険者には便利だ。ここまで徹底していると凄いね。ただ道が狭いのだけは何とかしてほしいなぁ」


 今、私達は冒険者ギルドを目指しつつ、街中を散策している。

 一昨日の件絡みで『帝都から連絡がある筈なんだ。エルミアに頼んでおいた。直接、帝都にいる子達へ、迷宮都市へ送って、と伝えたら勘繰られるんだよ。ちょっとだけ過激な子達が多いから』とはハルさんの言。

 色々考えられてるんだなぁ……ハナもどちらかと言えば『お師匠の言う事は絶対!』と叫んでいる方だけど、話を聞く限りあれでも穏健派に属するらしい。

 大陸第7位の魔法士『灰塵の魔女』をしてそうなのだから、過激な方達は――止めよう。これ以上は関わらない方がきっと良い。

 突然目の前にいい匂いをした串焼き。


「美味しそうだから買ってみたよ。食べるかな?」

「は、はひっ!」


 受け取った串焼きを頬張る。美味しい。そんな私を穏やかな表情で見るハルさん。

 ……ちょっと恥ずかしい。

 だけど、はぁ、こんなに幸せな休暇を過ごしていいのかしら。

 一昨日、昨日、今日、そして明日も一緒にいられる。

 こんなに幸運を使うと、後の反動が怖――



「あれ? 副長? もう戻って来られて、へっ??」

「あああああ!!! ふ、副長が、お、男の人とデ、デートしてるっ!?」

「映像宝珠、映像宝珠は何処? 何処なの? は、早く証拠をっ!」



 ……ほらね。分かってたわ。だけど、神様言わして下さい。

 無駄に仕事が早過ぎますっ!!

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