第32話 ハナ
「ふひぃ……」
座りながら思いっ切り伸びをすると、変な声が漏れた。
『……あのね、ハナ。これでも、うちは迷宮都市最強クランなのよ? その団長室にはそれ相応の椅子がないと駄目でしょ?』と、タチアナが強く主張して買った私用の椅子は、とっても座り心地がいい。当初、『何でもいい』と言った過去の私は猛省するべきね、うん。
首を回し、両肩の凝りをほぐす。
机の上には、この二日間で読み終えた魔術書や娯楽書の山とお菓子。
今朝から読んでいた分厚い本をそこへ加える。久しぶりに読み直したけどやっぱり『千射夜話』面白いのよね。
今からは想像出来ないけど、あのエルミアにも駆け出しの頃があったんだと、新鮮な気持ちになる。
内容は、彼女が『ある人』(間違いなくお師匠)へ、冒険者時代に経験した事件の数々を、毎夜語っていくんだけど、とにかくハラハラドキドキの連続で飽きない。ちょっとした恋愛要素(相手はお師匠なのか? と女弟子だけで時折やっている『会合』で何度も激論になった。なお、本人は終始黙秘。今、思い出しても余裕の笑みがム・カ・つ・く!)や泣ける話もあって読み応え十分。
大陸の主要各国を網羅した旅行記としても有名で、新しい読者を増やし続けているだけのことはあるのだ。
あの書痴であるナティアが激賞する(心底、悔しそうだった)位だしね。ドヤ顔をする姉弟子の顔が浮かぶのは心底不快だけど。
だいたい、あんなに綺麗で、圧倒的に強い時点で反則なのだ。
近接戦闘の凶悪さからして、射手とはとても思えない。
本人曰く『――ハルの教え。後衛であっても不測の事態に備えるべき』。
お師匠からの信頼も厚いし、あれで何だかんだ面倒見も良いから慕われてもいる。それに加えて文才まで……そろそろ神様は、
机の上に再度視線をやると、入ってきたのは脇によけてある、タチアナが置いていったクラン関係の書類の山。
まだ……まだ、大丈夫。
今回は、実家に帰るって言ってたし、一週間は猶予がある……筈。
てっきり私を置いてお師匠の所へ行くと勘繰ったけど……まだ、『石』の魔力は溜まっていなかったし、そうなると迷宮都市から辺境都市へ行くのはちょっと大変なのだ。
なにしろこの二都市間には飛空艇の定期便がない。
つまり、迷宮都市→帝都→辺境都市、という飛空艇ルートが転移魔法や飛翔魔法を使わない場合の最短ルートになる。
普段のあの子はお淑やかそうに見えて、実は即行動派だけど……今回は日にちもないから、実行しないだろう。そうじゃなかったら心安らかに送り出せないし。
うちの副長様は、この2年で(勿論、前から綺麗だったけど)本当に綺麗になった――間違いなくお師匠のせいだ。
直接会って助言を受けた後、第1階位で燻っていたのが嘘みたいに特階位へ駆けあがり、剣術・魔法は勿論、固有スキルの扱いにも熟達。今やその実力は私でも苦労するだろう水準に至っている。
それと同時に、男共からの求愛や求婚が増えていったけれどその悉くを撃沈。 まぁ、それは仕方ない。対象相手を考えれば考慮する必要を感じられないし。 問題なのは……一度決めたらとにかく一直線な事だ。
そして、私は知っている。お師匠、ああいう子が大好きなのだ
実際、私を含め他の子達(男含む)から嫉妬される位、可愛がられてると思う。というか甘々。
多分だけど、直接教わっていないのに剣とかを贈られたのはあの子だけなんじゃないだろうか?
『何時もハナが迷惑をかけるね』
……最近はそうでもないのに。お師匠は未だに、私を子供扱いするんだからっ!
その他含めてタチアナに関しては色々(某国の王族から求婚されたのは笑った)あったけど、この2年で一番予想外だったことは――
間違いなくあの
最初から難しいのは分かっていたし、敗色が色濃かったのは事実。
だけど、挨拶が出来た位で一々喜ぶ事を延々と続けた男では、どう考えてもお師匠に勝てないのは自明だろう。
その無駄に整った顔は飾りなのかっ、と本気で問い詰めたい。と言うか殴りたい。せっせとお膳立てを整えても動いてくれなければ意味はないのだ。
貴方の想い人の行動力を見習いなさいっ! と何度怒鳴ろうと思ったことか……。
取りあえず、あんなへたれに期待した私が馬鹿だった。
何かしら新たな対策が必要――
「……へっ?」
ホームの敷地内に入って来る見知った魔力を感じた。
え? ち、ちょっと、待って?
ど、どうしてタチアナがもう帰ってくるわけ!?
……マズイ。これはとってもマズイ。
改めて、机の上を確認。
そこには当然、私が目を通して処理しなきゃいけない、脇へ追いやられたクラン関係の書類と本の山。そしてたくさんのお菓子。
同時に
「こ、こんな格好でいたら……サボってたのがバレるわね……」
そう、今の私は最近のお気に入り、灰色の寝間着姿である。髪もボサボサで寝癖すら直していない。
現在、ホームに残っているのは私を含めて四人。タチアナもいないし、思いっ切り気を抜いていたのだ。裏目に出た。
仕方ない。驚かす方向で誤魔化そう、うん。
扉を開けた時、死角になる位置へ身を潜める。魔力も当然、偽装して、と……そろそろ来るわね。ノックの音――開いた!
「ハナー、いるんでしょ? ……あれ?」
部屋に入って来たタチアナの後ろ姿。2年前から綺麗な髪を伸ばすようになった。癖っ毛な私に対する嫌がらせかしら――を見つつ、驚かせようと飛び出す。
そして優しく抱きとめられた。
「わふっ」
「おっと、大丈夫かい? 相変わらず元気だね。久しぶり――ハナ」
一つ発見……人は驚きを通り越すと、言葉を失うらしい。
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